エンタルピーの概念は理解できても、実際の計算問題になると「どの方法を使えばいいのか」「どう計算すればいいのか」と戸惑ってしまう学生は多いのではないでしょうか。試験やテストでエンタルピー変化を求める問題は頻出ですが、計算方法がいくつもあるため、混乱しやすい分野でもあります。
エンタルピー変化の求め方には、ヘスの法則を使う方法、生成エンタルピーから計算する方法、結合エネルギーから求める方法など、複数のアプローチがあります。問題に応じて最適な方法を選び、正確に計算する力が求められます。
本記事では、エンタルピー計算の基本から、ヘスの法則、生成エンタルピー、結合エネルギーを使った計算方法まで、具体的な例題を交えながら詳しく解説します。エンタルピー計算をマスターしたい方は、ぜひ最後までお読みください。
エンタルピー変化の基本
それではまず、エンタルピー変化の基本について解説していきます。
エンタルピー変化とは何か
エンタルピー変化(ΔH)とは、化学反応や物理変化が起こるときのエンタルピーの変化量
のことです。
ΔH = H(生成物) – H(反応物)
・ΔH 0(正):吸熱反応(熱を吸収)
化学反応式と一緒に表記されることが多く、例えば:
この式は、水素1 molと酸素0.5 molから水1 molが生成するとき、286 kJの熱が放出されることを示しています。
エンタルピー変化を求める3つの方法
エンタルピー変化を計算する主な方法は3つあります。
1. ヘスの法則を使う方法
既知の反応式を組み合わせて目的の反応のΔHを求める
2. 生成エンタルピーを使う方法
各物質の生成エンタルピーから計算する
3. 結合エネルギーを使う方法
結合の切断と生成のエネルギーから計算する
問題によって与えられるデータが異なるため、状況に応じて適切な方法を選ぶことが重要
です。
計算に必要な基本データ
エンタルピー計算でよく使用されるデータの種類を確認しましょう。
| データの種類 | 記号 | 意味 |
|---|---|---|
| 生成エンタルピー | ΔH°f | 単体から化合物1 molが生成するときのエンタルピー変化 |
| 燃焼エンタルピー | ΔH°c | 物質1 molが完全燃焼するときのエンタルピー変化 |
| 結合エネルギー | E | 共有結合1 molを切断するのに必要なエネルギー |
| 溶解エンタルピー | ΔH°sol | 物質1 molが溶解するときのエンタルピー変化 |
これらのデータは問題文や資料集に与えられるため、どのデータを使うべきか判断することが計算の第一歩になります。
ヘスの法則を使った計算
続いては、ヘスの法則を使った計算を確認していきます。
ヘスの法則とは
ヘスの法則とは、「反応のエンタルピー変化は、反応経路によらず、始状態と終状態だけで決まる」
という法則です。
この性質を利用して、複数の既知の反応式を組み合わせることで、直接測定が難しい反応のエンタルピー変化を計算できます。
ヘスの法則の計算手順
ヘスの法則を使った計算の基本的な流れは以下の通りです。
1. 目的の反応式を確認する
求めたい反応式を明確にする
2. 与えられた反応式を整理する
各反応式とそのΔHを確認
3. 反応式を加減する
目的の反応式になるように、与えられた反応式を足したり引いたりする
4. ΔHも同様に計算する
反応式に対応してΔHも加減する
ヘスの法則の例題と解説
具体的な問題で確認しましょう。
次の反応のエンタルピー変化ΔHを求めなさい。
目的反応:
C(黒鉛) + 1/2 O₂(g) → CO(g) ΔH = ?
与えられたデータ:
① C(黒鉛) + O₂(g) → CO₂(g) ΔH₁ = -394 kJ/mol
② CO(g) + 1/2 O₂(g) → CO₂(g) ΔH₂ = -283 kJ/mol
【解答】
目的式には:
・左辺にC(黒鉛)とO₂が必要
・右辺にCOが必要
反応式①にはCとCO₂があります。
反応式②にはCOとCO₂があります。
①からCO₂を消すために②を引けば良いことがわかります。
① – ②:
[C + O₂ → CO₂] – [CO + 1/2 O₂ → CO₂]
左辺:C + O₂ – CO – 1/2 O₂ = C + 1/2 O₂ – CO
右辺:CO₂ – CO₂ = 0
移項すると:
C + 1/2 O₂ → CO
これは目的の反応式と一致します。
したがって:
ΔH = ΔH₁ – ΔH₂ = -394 – (-283) = -394 + 283 = -111 kJ/mol
答え:ΔH = -111 kJ/mol
生成エンタルピーを使った計算
続いては、生成エンタルピーを使った計算を確認していきます。
生成エンタルピーとは
生成エンタルピー(標準生成エンタルピー)とは、最も安定な単体から化合物1 molが生成するときのエンタルピー変化
です。
・記号:ΔH°f(fはformationの頭文字)
・単位:kJ/mol
・単体の生成エンタルピーは0
・標準状態(25℃、1気圧)での値
例:
H₂(g) + 1/2 O₂(g) → H₂O(l) ΔH°f = -286 kJ/mol
CO₂(g)の生成エンタルピー:
C(黒鉛) + O₂(g) → CO₂(g) ΔH°f = -394 kJ/mol
生成エンタルピーからの計算公式
生成エンタルピーを使えば、任意の反応のエンタルピー変化を簡単に計算できます。
ΔH°反応 = Σ(生成物の生成エンタルピー) – Σ(反応物の生成エンタルピー)
ΔH° = Σn・ΔH°f(生成物) – Σm・ΔH°f(反応物)
n, m:各物質の係数
生成エンタルピーの例題と解説
具体的な問題で確認しましょう。
次の反応のエンタルピー変化を求めなさい。
CH₄(g) + 2O₂(g) → CO₂(g) + 2H₂O(l)
標準生成エンタルピー:
ΔH°f[CH₄(g)] = -75 kJ/mol
ΔH°f[CO₂(g)] = -394 kJ/mol
ΔH°f[H₂O(l)] = -286 kJ/mol
ΔH°f[O₂(g)] = 0 kJ/mol(単体)
【解答】
ΔH°反応 = Σ(生成物の生成エンタルピー) – Σ(反応物の生成エンタルピー)
生成物:CO₂ 1 mol、H₂O 2 mol
反応物:CH₄ 1 mol、O₂ 2 mol
ΔH° =
– 
=
– 
= [-394 – 572] – [-75 + 0]
= -966 – (-75)
= -966 + 75
= -891 kJ/mol
答え:ΔH = -891 kJ/mol(発熱反応)
結合エネルギーを使った計算
続いては、結合エネルギーを使った計算を確認していきます。
結合エンタルピーとは
結合エネルギー(結合エンタルピー)とは、気体状態の分子中の共有結合1 molを切断するのに必要なエネルギー
です。
H-H:436 kJ/mol
O=O:498 kJ/mol
H-O:464 kJ/mol
C-H:414 kJ/mol
C=O:799 kJ/mol
結合エネルギーからの計算方法
結合エネルギーを使った計算の考え方は以下の通りです。
ΔH = (切断する結合のエネルギーの合計) – (生成する結合のエネルギーの合計)
ΔH = Σ(反応物の結合エネルギー) – Σ(生成物の結合エネルギー)
結合エネルギーの例題と解説
具体的な問題で確認しましょう。
次の反応のエンタルピー変化を求めなさい。
H₂(g) + Cl₂(g) → 2HCl(g)
結合エネルギー:
H-H:436 kJ/mol
Cl-Cl:243 kJ/mol
H-Cl:432 kJ/mol
【解答】
反応物側(切断される結合):
・H-H結合:1 mol
・Cl-Cl結合:1 mol
生成物側(生成される結合):
・H-Cl結合:2 mol(HClが2分子生成)
切断に必要なエネルギー:
436 + 243 = 679 kJ
生成で放出されるエネルギー:
432 × 2 = 864 kJ
ΔH = (切断) – (生成) = 679 – 864 = -185 kJ/mol
答え:ΔH = -185 kJ/mol(発熱反応)
エンタルピー計算の応用問題
続いては、エンタルピー計算の応用問題を確認していきます。
燃焼熱を使った計算問題
燃焼エンタルピーを使った問題を見てみましょう。
次の物質の燃焼エンタルピーが与えられている。
C(黒鉛):ΔH°c = -394 kJ/mol
H₂(g):ΔH°c = -286 kJ/mol
CH₄(g):ΔH°c = -891 kJ/mol
メタン(CH₄)の生成エンタルピーを求めなさい。
【解答】
① C(黒鉛) + O₂(g) → CO₂(g) ΔH = -394 kJ/mol
② H₂(g) + 1/2 O₂(g) → H₂O(l) ΔH = -286 kJ/mol
③ CH₄(g) + 2O₂(g) → CO₂(g) + 2H₂O(l) ΔH = -891 kJ/mol
求めたい反応(メタンの生成):
C(黒鉛) + 2H₂(g) → CH₄(g) ΔH = ?
ヘスの法則を使います。
① + 2×② – ③
= [C + O₂ → CO₂] + 2[H₂ + 1/2 O₂ → H₂O] – [CH₄ + 2O₂ → CO₂ + 2H₂O]
左辺:C + O₂ + 2H₂ + O₂ – CH₄ – 2O₂ = C + 2H₂ – CH₄
右辺:CO₂ + 2H₂O – CO₂ – 2H₂O = 0
移項すると:
C + 2H₂ → CH₄
ΔH = -394 + 2×(-286) – (-891)
= -394 – 572 + 891
= -75 kJ/mol
答え:ΔH°f[CH₄] = -75 kJ/mol
溶解熱・中和熱の計算問題
溶解エンタルピーや中和エンタルピーの問題も見てみましょう。
水酸化ナトリウムの溶解エンタルピーは -44.5 kJ/molである。
NaOH 4.0 gを水に溶かすと、何kJの熱が発生するか。
(NaOHのモル質量:40 g/mol)
【解答】
モル数 = 4.0 g ÷ 40 g/mol = 0.10 mol
溶解エンタルピーは -44.5 kJ/molなので、
0.10 molでは:
発熱量 = 0.10 mol × 44.5 kJ/mol = 4.45 kJ
(ΔHは負なので、44.5 kJの熱が発生)
答え:4.45 kJまたは4.5 kJ
複合的な計算問題
複数の概念を組み合わせた問題を見てみましょう。
エタノール(C₂H₅OH)の燃焼エンタルピーは -1367 kJ/molである。
エタノール 46 gを完全燃焼させたとき、水500 gの温度は何℃上昇するか。
(水の比熱:4.2 J/(g·℃)、エタノールのモル質量:46 g/mol)
【解答】
46 g ÷ 46 g/mol = 1.0 mol
発生する熱量:
1.0 mol × 1367 kJ/mol = 1367 kJ = 1,367,000 J
水の温度上昇を求めます。
Q = mcΔT
1,367,000 = 500 × 4.2 × ΔT
1,367,000 = 2100 × ΔT
ΔT = 1,367,000 ÷ 2100 = 651℃
答え:約650℃上昇
計算のポイントと注意点
続いては、計算のポイントと注意点を確認していきます。
単位の換算と有効数字
エンタルピー計算で注意すべき単位と有効数字について確認しましょう。
1. kJとJの換算
1 kJ = 1000 J
計算途中で混在しないよう注意
2. 質量とモルの換算
モル数 = 質量(g) ÷ モル質量(g/mol)
3. 体積とモルの換算(気体)
標準状態:1 mol = 22.4 L
4. 有効数字
与えられたデータの有効数字に合わせる
通常2~3桁
よくある間違いと対策
エンタルピー計算でよくある間違いを確認しましょう。
1. 符号の間違い
・発熱反応なのに正の値にしてしまう
・反応式を逆にしたときに符号を変え忘れる
対策:最後に「発熱なら負、吸熱なら正」を確認
2. 係数の掛け忘れ
・反応式を2倍したときにΔHも2倍し忘れる
・生成物や反応物の係数を考慮し忘れる
対策:反応式とΔHは常にセットで扱う
3. 単体の生成エンタルピー
・単体のΔH°f = 0を忘れる
対策:O₂、H₂、Nなどは常に0
4. 単位の混在
・kJとJを混ぜて計算してしまう
対策:最初に単位を統一する
計算を速く正確にするコツ
計算を効率よく進めるコツをご紹介します。
1. 問題タイプの判別
・何が与えられているか確認
・ヘスの法則か、生成エンタルピーか、結合エネルギーか判断
2. 式の整理
・目的の反応式を明確にする
・与えられた式を整理して書く
3. 計算の工夫
・分数の約分を先にする
・符号に注意して慎重に計算
4. 検算
・答えの符号が妥当か確認
・桁数が合っているか確認
まとめ|エンタルピー変化の求め方は?計算のポイント
本記事では、エンタルピー変化の計算方法について、具体的な例題を交えながら詳しく解説しました。
エンタルピー変化を求める方法は主に3つあります。ヘスの法則は既知の反応式を組み合わせる方法で、反応式の加減に合わせてΔHも加減します。生成エンタルピーを使う方法は、生成物と反応物の生成エンタルピーの差から計算する最も標準的な方法です。結合エネルギーを使う方法は、切断する結合と生成する結合のエネルギー差から求めます。
計算では、単位の換算、係数の扱い、符号の判断に注意が必要です。特に、反応式を逆にしたり係数倍したりする場合は、ΔHも同様に処理することを忘れないようにしましょう。問題で与えられるデータに応じて適切な方法を選び、正確に計算することで、エンタルピー問題を確実に解けるようになります。