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エントロピー弾性とは?導出や温度との関係は?ゴムを引っ張ると熱くくなるのは関係?

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ゴムを引っ張ると元に戻ろうとする力が働きますが、この弾性は金属のバネとは全く異なる原理によるものだとご存知でしょうか。ゴムの弾性は「エントロピー弾性」と呼ばれ、エントロピーという熱力学の概念が深く関わっています。

さらに興味深いことに、ゴムを素早く引っ張ると温度が上がり、急に緩めると温度が下がるという現象が観察されます。唇にゴムを当てて試すと、実際に温度変化を感じることができます。この不思議な現象も、エントロピー弾性で説明できるのです。

この記事では、エントロピー弾性とは何か、その原理の導出、温度との関係、そしてゴムを引っ張ると暑くなる現象の理由まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。熱力学と身近な現象のつながりを実感できる内容になっていますので、ぜひ最後までお読みください。

エントロピー弾性とは何か?基本的な意味

それではまず、エントロピー弾性の基本的な概念について解説していきます。

エントロピー弾性の定義

エントロピー弾性とは、エントロピーの変化によって生じる弾性力のことです。物質が変形すると、分子の配置が変わってエントロピーが変化し、それが元に戻ろうとする力を生み出します。

通常、弾性というと原子間の結合が伸び縮みすることで生じる力を想像しますが、エントロピー弾性は全く異なるメカニズムです。分子の配置の自由度、つまりとり得る状態の数の変化が弾性力の源なのです。

この弾性は、統計力学とエントロピーの概念なしには理解できない現象です。19世紀後半から20世紀にかけて、ゴムの弾性の研究を通じて、この概念が確立されました。

エントロピー弾性は、高分子化学や材料科学において非常に重要な概念であり、ゴムや生体高分子の性質を理解する上で欠かせません。

通常の弾性(エネルギー弾性)との違い

エントロピー弾性と通常の弾性(エネルギー弾性)の違いを理解することが重要です。

エネルギー弾性は、金属のバネや結晶などに見られる弾性です。原子間の距離が変わると、結合のポテンシャルエネルギーが変化し、それが元に戻ろうとする力を生み出します。変形によって内部エネルギーUが増加し、その増加分が弾性エネルギーとなります。

一方、エントロピー弾性では、変形によって主にエントロピーSが変化します。分子鎖が伸ばされると、とり得る配置の数が減少し、エントロピーが減少します。系はエントロピーを最大化しようとするため、元の状態に戻ろうとする力が働くのです。

熱力学的には、ヘルムホルツの自由エネルギーF = U − TSを考えます。エネルギー弾性ではΔUの項が支配的ですが、エントロピー弾性では−TΔSの項が支配的です。

2つの弾性の違い
エネルギー弾性:内部エネルギーの変化が主(金属、結晶)
エントロピー弾性:エントロピーの変化が主(ゴム、高分子)

この違いは、温度依存性にも現れます。エネルギー弾性は温度が上がると弱くなる傾向がありますが、エントロピー弾性は温度が上がると強くなるという特徴があります。

エントロピー弾性を示す物質

エントロピー弾性を示す代表的な物質は、ゴムです。天然ゴム、合成ゴム(ブタジエンゴム、スチレンゴムなど)はすべてエントロピー弾性を示します。

ゴムは長い分子鎖が絡み合った構造をしており、架橋と呼ばれる結合点で部分的につながっています。この構造が、エントロピー弾性を生み出す鍵となります。

生体高分子もエントロピー弾性を示します。タンパク質の一種であるエラスチンは、動物の腱や血管壁に含まれ、ゴムのような弾性を持っています。DNAの二重らせん構造も、引っ張られたときにエントロピー弾性を示します。

その他、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの熱可塑性エラストマーや、ゲル状物質の多くもエントロピー弾性を持ちます。

物質 弾性の種類 温度依存性
金属のバネ エネルギー弾性 温度上昇で弱くなる
ゴム エントロピー弾性 温度上昇で強くなる
エラスチン エントロピー弾性 温度上昇で強くなる
結晶 エネルギー弾性 温度上昇で弱くなる

これらの物質に共通するのは、長い柔軟な分子鎖を持つという点です。この構造がエントロピー弾性の必要条件となります。

エントロピー弾性の導出と原理

続いては、エントロピー弾性がどのように生じるのか、その原理を確認していきます。

ゴム分子の微視的構造

ゴムの弾性を理解するには、まず分子レベルの構造を知る必要があります。

ゴムは高分子鎖と呼ばれる、数千から数万の原子が連なった長い分子でできています。天然ゴムの場合、イソプレン(C₅H₈)という単位が数千個も繋がった構造をしています。

この長い分子鎖は、結晶のように規則正しく並んでいるわけではありません。むしろ、ランダムに絡み合った糸玉のような状態になっています。各分子鎖は、熱運動によって常に形を変えており、様々な配置をとることができます。

ゴムが架橋されると、分子鎖同士が化学結合でつながり、網目構造を形成します。この架橋点によって、分子鎖は完全に自由に動けるわけではありませんが、架橋点の間では比較的自由に動けます。

引っ張られていない状態では、分子鎖はランダムコイル(無秩序にとぐろを巻いた状態)と呼ばれる配置をとります。この状態が、最もとり得る配置の数が多く、エントロピーが最大の状態なのです。

統計力学的な導出

エントロピー弾性の理論的導出を、統計力学の観点から見ていきましょう。

1本の高分子鎖の両端の距離がrのとき、その配置のとり得る状態数W(r)は、統計的に計算できます。簡単化したモデルでは、ガウス分布に従い、

W(r) ∝ exp(−br²)

となります。ここでbは分子の構造に依存する定数です。

ボルツマンの式S = k ln Wを使うと、エントロピーは、

S(r) = S₀ − (k/2)br²

となります。S₀は定数項です。この式から、距離rが大きくなる(分子鎖が伸びる)とエントロピーが減少することがわかります。

ヘルムホルツの自由エネルギーF = U − TSを考えます。内部エネルギーUが一定と仮定すると、

F(r) = U − TS₀ + (kT/2)br²

弾性力fは、自由エネルギーの勾配として求められます。

f = −∂F/∂r = −kTbr

この式が示すのは、弾性力が温度Tに比例するということです。これがエントロピー弾性の最も重要な特徴です。

弾性力の式

マクロな弾性体としてのゴムの応力-ひずみ関係を導出しましょう。

ゴム試料を一方向に伸ばす場合、伸長比をλ = L/L₀(Lは伸長後の長さ、L₀は元の長さ)とします。理想ゴム弾性論によれば、応力σは、

σ = NkT(λ − 1/λ²)

で表されます。ここで、Nは単位体積あたりの分子鎖の数(網目密度)、kはボルツマン定数、Tは絶対温度です。

この式から、以下の重要な性質が導かれます。

1. 応力は温度Tに比例する

2. 伸長比が小さい範囲では、σ ≈ 3NkTλ(フックの法則に類似)

3. 網目密度Nが大きいほど、硬いゴムになる

ヤング率(弾性率)Eは、

E = 3NkT

と表されます。この式は、ゴムの弾性率が温度に比例するという、エントロピー弾性の決定的な特徴を示しています。

エントロピー弾性の重要な式
応力:σ = NkT(λ − 1/λ²)
弾性率:E = 3NkT
温度Tに比例することが最大の特徴

これらの式は実験結果とよく一致し、エントロピー弾性の理論が正しいことを示しています。

エントロピー弾性と温度の関係

続いては、エントロピー弾性と温度の特殊な関係について詳しく見ていきます。

温度が上がると弾性が強くなる理由

エントロピー弾性の最も特徴的な性質は、温度が上がると弾性力が強くなることです。これは日常の経験とは逆に思えるかもしれません。

この現象の理由は、エントロピー弾性の本質にあります。弾性力の源は、エントロピーを最大化しようとする熱力学的な駆動力です。

温度が高いほど、系は無秩序な状態(高エントロピー状態)を強く好むようになります。ヘルムホルツの自由エネルギーF = U − TSのエントロピー項−TSを見ると、温度Tが大きいほど、エントロピーSの寄与が大きくなることがわかります。

具体的には、伸ばされた分子鎖は低エントロピー状態にあります。温度が高いほど、この低エントロピー状態から抜け出そうとする力が強くなるため、収縮力(弾性力)が増大するのです。

実験的にも、ゴムを一定の長さに伸ばした状態で温度を上げると、応力が増加することが確認されています。逆に温度を下げると、応力は減少します。

温度依存性の式

エントロピー弾性の温度依存性を定量的に見てみましょう。

一定の伸長比λで温度を変化させたとき、応力σの温度依存性は、

σ = NkT(λ − 1/λ²)

という式から、σ ∝ T(温度に比例)となります。

実際には、温度変化によって体積も変化するため、厳密には、

σ = Nk(λ − 1/λ²) × (T − T₀)

のような形になります。T₀は補正項です。

また、弾性率Eの温度依存性は、

E = 3NkT

より、

dE/dT = 3Nk > 0

となり、温度とともに弾性率が増加することが示されます。

実験データをプロットすると、横軸に温度T、縦軸に応力σをとったグラフで、ほぼ直線的な関係が得られます。この直線の傾きから、網目密度Nを求めることもできます。

金属のバネとの違い

ゴムと金属のバネの温度依存性を比較すると、エントロピー弾性の特異性がよくわかります。

金属のバネ(エネルギー弾性)では、温度が上がると弾性率は減少します。これは、原子の熱振動が激しくなり、結合が弱まるためです。高温では金属は軟化し、バネは柔らかくなります。

一方、ゴム(エントロピー弾性)では、温度が上がると弾性率は増加します。これは、エントロピーを最大化しようとする駆動力が強まるためです。

面白い実験があります。金属のバネにおもりをつるし、ゴムひももおもりをつるして、両方を加熱してみます。金属のバネは伸びますが、ゴムひもは縮みます。これがエントロピー弾性の証拠です。

性質 金属のバネ ゴム
弾性の種類 エネルギー弾性 エントロピー弾性
温度上昇時の弾性率 減少 増加
おもり付きで加熱 伸びる 縮む
原理 結合エネルギー エントロピー最大化

この対照的な性質が、エントロピー弾性が特殊なメカニズムであることを明確に示しています。

ゴムを引っ張ると暑くなる現象の理由

続いては、ゴムを引っ張ると温度が変化する興味深い現象について確認していきます。

ゴムを伸ばすと温度が上がる仕組み

ゴムを素早く引っ張ると、ゴムの温度が上昇します。これは実際に唇に当てて試すと、温かくなることが感じられます。

この現象は、熱力学の第一法則から説明できます。系に仕事Wを加え、熱量Qが出入りするとき、内部エネルギーの変化ΔUは、

ΔU = Q + W

で表されます。

ゴムを断熱的に(素早く、外部との熱のやり取りなしに)引っ張る場合、Q = 0なので、

ΔU = W > 0

となり、内部エネルギーが増加します。

しかし、エントロピー弾性では、伸長によって主にエントロピーが減少します。ヘルムホルツの自由エネルギーF = U − TSの変化を考えると、

dF = dU − TdS − SdT

断熱過程(dS = 0)で変形させる場合、

dU = TdS

となります。伸長によってdS < 0(エントロピー減少)なので、この分のエネルギーが熱エネルギーとして放出され、温度が上昇するのです。

簡単に言えば、分子鎖が整列する(エントロピーが減る)過程で、余剰エネルギーが熱として現れるということです。

ゴムを緩めると温度が下がる理由

逆に、伸ばしたゴムを素早く緩めると、ゴムの温度が低下します。これも唇に当てて試すと、冷たくなることが感じられます。

伸長状態から元に戻るとき、分子鎖は整列した状態からランダムコイル状態に戻ります。これはエントロピーが増加する過程です。

断熱的に緩める場合、エントロピー増加dS > 0に必要なエネルギーは、系の内部エネルギーから供給されます。したがって、

dU = TdS > 0

で、内部エネルギーが減少し、温度が下がるのです。

この現象は、気体の断熱膨張で温度が下がるのと同じ原理です。系が自発的に高エントロピー状態に移行する際、そのエネルギーが内部エネルギーから供給されるため、温度が低下します。

ゴムの温度変化
引っ張る(断熱):エントロピー減少 → 温度上昇
緩める(断熱):エントロピー増加 → 温度低下
ゆっくり変形:等温過程、温度変化なし

重要なのは、この現象が断熱的(素早く)変形させたときにのみ観察される点です。ゆっくり変形させると、周囲と熱のやり取りが起こり、温度はほぼ一定に保たれます。

実験で確かめる方法

ゴムの温度変化は、簡単な実験で確認できます。

最も手軽な方法は、輪ゴムを使った実験です。

1. 輪ゴムを用意し、唇に軽く当てます(唇は温度に敏感なため)

2. 輪ゴムを素早く引っ張ります → 温かく感じます

3. 伸ばした状態で数秒待ちます → 周囲の温度に戻ります

4. 素早く緩めます → 冷たく感じます

この実験は教室でも簡単にでき、エントロピー弾性を実感できる優れた方法です。

より定量的には、赤外線温度計やサーモグラフィーを使って、実際の温度変化を測定できます。輪ゴムを引っ張ると、1〜2℃程度の温度上昇が観測されます。

太いゴムバンドを使うと、温度変化がより顕著になります。また、繰り返し伸縮させると、内部摩擦によっても発熱するため、さらに温度が上がります。

この現象は、ゴムが熱機関として機能できる可能性も示しています。実際、ゴムエンジンという概念も研究されており、温度差を利用してゴムの伸縮から仕事を取り出すことができます。

タンパク質の変性(卵が固まる現象など)も、エントロピー変化に関連した温度効果の一例です。生体高分子の多くがエントロピー弾性を示すため、この原理は生物学でも重要な意味を持ちます。

まとめ

エントロピー弾性について、その定義から原理の導出、温度との関係、ゴムを引っ張ると暑くなる現象まで詳しく解説してきました。

エントロピー弾性とは、エントロピーの変化によって生じる弾性力で、ゴムや生体高分子に見られる特殊な弾性です。通常のエネルギー弾性とは異なり、分子配置の自由度の変化が弾性力の源となっています。

統計力学的な導出により、弾性力が温度Tに比例することが示されます。応力の式σ = NkT(λ − 1/λ²)は、温度依存性を明確に表しており、金属のバネとは正反対の性質を持ちます。

温度が上がるとゴムの弾性は強くなります。これは、高温ほどエントロピー最大化の駆動力が強まるためです。おもりをつるしたゴムを加熱すると縮むという実験は、エントロピー弾性の証拠となります。

ゴムを素早く引っ張ると温度が上がり、緩めると温度が下がる現象は、エントロピー変化に伴うエネルギー変化として説明できます。断熱的な変形で、エントロピーの増減が温度変化を引き起こすのです。

エントロピー弾性は、熱力学の抽象的な概念であるエントロピーが、身近な物質の性質として現れる優れた例です。輪ゴムを使った簡単な実験で、この興味深い現象を実感してみてください