化学反応論や物理化学を学ぶ上で重要な概念の一つがアレニウスの式です。反応速度の温度依存性、活性化エネルギー、材料の寿命予測など、化学反応を理解するためには、アレニウスの式の知識が欠かせません。
しかし、アレニウスの式とは何を表しているのでしょうか。どうやって導出するのか、活性化エネルギーとどう関係するのか、わかりにくいと感じる方も多いはずです。
実は、アレニウスの式は反応速度定数が温度によってどう変化するかを表す式であり、化学反応の速度を予測する上で非常に重要な関係式となります。
「温度が10℃上がると反応速度は2倍になる」という経験則も、アレニウスの式から説明できるのです。
この記事では、アレニウスの式の基本的な定義から、活性化エネルギーとの関係、アレニウスプロットの導出と使い方、反応速度の温度依存性、そして加速試験への応用まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。
化学や材料科学を学ぶ方はぜひ最後までお読みください。
アレニウスの式とは?基本的な意味と定義
それではまず、アレニウスの式の基本的な意味と定義について解説していきましょう。
アレニウスの式の定義
アレニウスの式(Arrhenius equation)とは、化学反応の速度定数が温度によってどう変化するかを表す式です。
スウェーデンの化学者スバンテ・アレニウスが1889年に提唱しました。
アレニウスの式は次のように表されます。
ここで、
・k:反応速度定数
・A:頻度因子(前指数因子)
・Ea:活性化エネルギー [J/mol]
・R:気体定数 = 8.314 J/(mol·K)
・T:絶対温度 [K]
この式が示すのは、「反応速度定数は、温度の指数関数的に増加する」という関係。
温度が高いほど、反応速度定数kは大きくなり、反応は速く進むのです。
例えば、食品の腐敗は温度が高いと速く進みます。冷蔵庫で保存すると長持ちするのは、低温で化学反応が遅くなるためでしょう。
アレニウスの式は、化学反応の速度予測、材料の劣化予測、加速試験の設計など、様々な分野に欠かせない関係式となっています。
反応速度定数と温度の関係
化学反応の速度は、反応速度式で表されます。
例えば、1次反応の場合、
ここで、
・v:反応速度
・k:反応速度定数
・[A]:反応物Aの濃度
反応速度定数kは、反応の速さを決める重要なパラメータ。
このkが温度によってどう変化するかを表すのが、アレニウスの式なのです。
温度依存性の特徴:
・温度が上がると、kは指数関数的に増加する
・温度が10℃上がると、kは約1.5〜5倍になる(反応による)
・高温では反応が速く進む
・低温では反応がほとんど進まない
アレニウスの式が表す化学反応の性質
アレニウスの式は、化学反応の温度依存性を表す重要な指標です。
活性化エネルギーEaが大きい場合:
・温度の影響を強く受ける
・温度が少し上がるだけで、反応速度が大きく増加
・加速試験が有効
活性化エネルギーEaが小さい場合:
・温度の影響を受けにくい
・温度が変わっても、反応速度はあまり変わらない
・加速試験の効果が小さい
・反応速度定数kは温度Tの指数関数
・温度が高いほど反応は速く進む
・活性化エネルギーEaが大きいほど温度依存性が強い
活性化エネルギーとアレニウスの式
続いては、活性化エネルギーとアレニウスの式の関係について確認していきましょう。
活性化エネルギーとは
活性化エネルギー(Activation energy、記号:Ea)とは、化学反応が起こるために必要な最低限のエネルギーのことです。
反応物から生成物へ変化するためには、エネルギー障壁を越える必要があります。
この障壁の高さが活性化エネルギーEa。
活性化エネルギーが大きい反応:
・反応が起こりにくい
・高いエネルギー障壁を越える必要がある
・温度の影響を強く受ける
・例:固体の分解反応、高分子の劣化
活性化エネルギーが小さい反応:
・反応が起こりやすい
・低いエネルギー障壁を越えればよい
・温度の影響を受けにくい
・例:イオン反応、一部の酸化反応
一般的な活性化エネルギーの範囲:
・小さい:20〜40 kJ/mol
・中程度:40〜150 kJ/mol
・大きい:150〜400 kJ/mol
活性化エネルギーと反応速度の関係
活性化エネルギーEaは、反応速度に大きな影響を与えます。
アレニウスの式k = A exp(-Ea/RT)において、
・Eaが大きいほど、kは小さくなる(反応が遅い)
・Eaが小さいほど、kは大きくなる(反応が速い)
また、温度依存性の強さも決まります。
dk/dT = (Ea/RT²) × k
この式から、Eaが大きいほど、温度変化に対する影響が大きいことがわかる。
頻度因子の意味
アレニウスの式のもう一つの重要なパラメータが、頻度因子A(前指数因子)です。
頻度因子Aは、次の要素を表します。
・分子の衝突頻度
・衝突の方向や配向の適切さ
・エントロピー因子
頻度因子は通常、温度にあまり依存しない定数として扱われます。
Aの単位は、反応速度定数kと同じ単位を持ちます。
・1次反応:s⁻¹
・2次反応:L/(mol·s) または m³/(mol·s)
頻度因子が大きい反応:
・分子が頻繁に衝突する
・衝突の配向があまり重要でない
頻度因子が小さい反応:
・分子の衝突が少ない
・特定の配向でのみ反応が起こる
| 記号 | 名称 | 意味 |
|---|---|---|
| k | 反応速度定数 | 反応の速さ |
| Ea | 活性化エネルギー | 反応に必要なエネルギー障壁 |
| A | 頻度因子 | 衝突頻度と配向因子 |
これらのパラメータを理解することが、化学反応の本質を理解する鍵となります。
アレニウスプロットの導出と使い方
続いては、アレニウスプロットの導出と使い方を見ていきましょう。
アレニウスプロットの導出
アレニウスの式を使いやすい形に変形したものが、アレニウスプロットです。
アレニウスの式:
両辺の自然対数を取ると、
または、
ln(k) = ln(A) – (Ea/R) × (1/T)
この式は、y = mx + bという直線の式と同じ形。
・縦軸:ln(k)
・横軸:1/T
・傾き:-Ea/R
・切片:ln(A)
したがって、ln(k)と1/Tのグラフを描くと直線になり、その傾きから活性化エネルギーEaを求めることができるのです。
グラフの読み方と活性化エネルギーの求め方
アレニウスプロットから活性化エネルギーを求める手順:
1. 異なる温度で反応速度定数kを測定する
2. 各温度TについてlnkLn(k)と1/Tを計算する
3. 横軸に1/T、縦軸にln(k)をプロットする
4. データ点を直線でフィッティングする
5. 直線の傾きから活性化エネルギーを計算する
したがって、
Ea = -傾き × R
R = 8.314 J/(mol·K)を代入すれば、Eaが求まる。
グラフの特徴:
・直線の傾きが急(負の値が大きい):Eaが大きい、温度依存性が強い
・直線の傾きが緩やか(負の値が小さい):Eaが小さい、温度依存性が弱い
・直線が右下がり:温度が上がると反応速度が増加(通常の反応)
具体的な計算例
実際の問題での計算例を見ていきましょう。
ある反応の速度定数が、
・300 Kでk₁ = 1.0 × 10⁻³ s⁻¹
・350 Kでk₂ = 5.0 × 10⁻³ s⁻¹
のとき、活性化エネルギーEaは?
アレニウスの式から、
ln(k₂/k₁) = -Ea/R × (1/T₂ – 1/T₁)
ln(5.0 × 10⁻³ / 1.0 × 10⁻³) = -Ea/8.314 × (1/350 – 1/300)
ln(5.0) = -Ea/8.314 × (1/350 – 1/300)
1.609 = -Ea/8.314 × (-4.76 × 10⁻⁴)
Ea = 1.609 × 8.314 / (4.76 × 10⁻⁴)
Ea ≈ 28,100 J/mol ≈ 28.1 kJ/mol
活性化エネルギーは約28.1 kJ/mol。
計算例1の反応で、300 Kでの速度定数k = 1.0 × 10⁻³ s⁻¹、Ea = 28.1 kJ/molのとき、頻度因子Aは?
k = A exp(-Ea/RT)から、
A = k / exp(-Ea/RT)
A = k × exp(Ea/RT)
= 1.0 × 10⁻³ × exp(28100 / (8.314 × 300))
= 1.0 × 10⁻³ × exp(11.27)
= 1.0 × 10⁻³ × 78,000
≈ 78 s⁻¹
頻度因子は約78 s⁻¹です。
計算例1、2の反応で、400 Kでの反応速度定数kは?
k = A exp(-Ea/RT)
= 78 × exp(-28100 / (8.314 × 400))
= 78 × exp(-8.45)
= 78 × 2.13 × 10⁻⁴
≈ 1.66 × 10⁻² s⁻¹
400 Kでの反応速度定数は約1.66 × 10⁻² s⁻¹。
・ln(k)と1/Tをプロットすると直線になる
・傾き = -Ea/R
・Ea = -傾き × R
・切片 = ln(A)
これらの計算方法をマスターすれば、様々な反応の活性化エネルギーを求めることができるでしょう。
反応速度の温度依存性と10℃2倍速則
続いては、反応速度の温度依存性について見ていきましょう。
温度が10℃上がると反応速度は2倍?
「温度が10℃上がると、反応速度は2倍になる」という経験則を聞いたことがあるでしょうか。
これは10℃2倍速則と呼ばれる近似的な関係です。
本当に2倍になるのでしょうか?
実は、この法則はアレニウスの式から導かれる近似であり、活性化エネルギーに依存するのです。
温度がT₁からT₂ = T₁ + 10に変化したときの速度定数の比:
= exp[-Ea/R × (1/(T₁+10) – 1/T₁)]
≈ exp[Ea × 10/(R × T₁²)]
この値が2になるための条件は、
ln(2) = Ea × 10/(R × T₁²)
Ea = ln(2) × R × T₁² / 10
≈ 0.0693 × 8.314 × T₁² / 10
≈ 0.0576 × T₁²
温度係数Q10とは
温度が10℃上昇したときの反応速度の比を、温度係数Q10と呼びます。
または、
Q10 = exp[Ea × 10/(R × T²)]
Q10の典型的な値:
・Q10 = 2:温度が10℃上がると反応速度が2倍
・Q10 = 3:温度が10℃上がると反応速度が3倍
・Q10 = 1.5:温度が10℃上がると反応速度が1.5倍
Q10は活性化エネルギーEaと温度Tによって決まります。
Q10 = 2 = exp[Ea × 10/(R × T²)]
ln(2) = Ea × 10/(8.314 × 298²)
0.693 = Ea × 10/(8.314 × 88804)
Ea = 0.693 × 8.314 × 88804 / 10
≈ 51,100 J/mol ≈ 51 kJ/mol
室温でQ10 = 2となる活性化エネルギーは約51 kJ/mol。
実際の反応での温度依存性
実際の化学反応では、活性化エネルギーによってQ10が異なります。
Ea = 50 kJ/mol の場合(室温付近):
・Q10 ≈ 2
・温度が10℃上がると、反応速度は約2倍
Ea = 75 kJ/mol の場合(室温付近):
・Q10 ≈ 3
・温度が10℃上がると、反応速度は約3倍
Ea = 100 kJ/mol の場合(室温付近):
・Q10 ≈ 5
・温度が10℃上がると、反応速度は約5倍
活性化エネルギーが大きいほど、温度依存性が強くなるのです。
具体例:
・食品の腐敗:Ea ≈ 50〜75 kJ/mol、Q10 ≈ 2〜3
・プラスチックの劣化:Ea ≈ 80〜120 kJ/mol、Q10 ≈ 3〜5
・化学反応:Ea ≈ 40〜200 kJ/mol、Q10 ≈ 1.5〜10
| 活性化エネルギーEa | Q10(室温付近) | 温度依存性 |
|---|---|---|
| 30 kJ/mol | ≈ 1.5 | 弱い |
| 50 kJ/mol | ≈ 2 | 中程度 |
| 75 kJ/mol | ≈ 3 | やや強い |
| 100 kJ/mol | ≈ 5 | 強い |
「10℃2倍速則」は目安として有用ですが、実際の反応では活性化エネルギーによって異なることを理解しておくことが重要です。
加速試験への応用
続いては、アレニウスの式の実用的な応用である加速試験について見ていきましょう。
加速試験とは
加速試験(Accelerated testing)とは、高温などの厳しい条件下で製品を試験し、通常条件での寿命を短時間で予測する方法です。
なぜ加速試験が必要なのでしょうか?
製品の寿命が数年〜数十年の場合、実際の使用条件で試験すると非常に長い時間がかかります。
そこで、高温で試験を行い、アレニウスの式を使って通常温度での寿命を予測するのです。
加速試験の原理:
・高温では劣化反応が速く進む
・アレニウスの式を使って、温度と反応速度の関係を定量化
・高温での短時間試験結果から、常温での長期寿命を予測
加速試験が使われる分野:
・電子部品の寿命予測
・プラスチック材料の劣化予測
・食品の賞味期限設定
・医薬品の保存期間決定
アレニウスの式を使った寿命予測
加速試験での寿命予測の基本式:
t₁/t₂ = exp[-Ea/R × (1/T₁ – 1/T₂)]
ここで、
・t₁:温度T₁での寿命
・t₂:温度T₂での寿命
・Ea:活性化エネルギー
この式を使えば、高温T₂での寿命t₂を測定し、常温T₁での寿命t₁を予測できるのです。
加速試験の具体例と計算方法
実際の加速試験の計算例を見ていきましょう。
ある電子部品の活性化エネルギーがEa = 0.7 eV = 67,500 J/mol。
・高温試験:85℃(358 K)で100時間後に故障
・使用温度:25℃(298 K)での寿命は?
t₂₅/t₈₅ = exp[-Ea/R × (1/T₂₅ – 1/T₈₅)]
= exp[-67500/8.314 × (1/298 – 1/358)]
= exp[-8118 × (0.003356 – 0.002793)]
= exp[-8118 × 0.000563]
= exp[4.57]
≈ 96.5
t₂₅ = 96.5 × t₈₅ = 96.5 × 100 = 9650時間
≈ 402日 ≈ 1.1年
25℃での寿命は約1.1年と予測される。
ある食品の品質劣化の活性化エネルギーがEa = 60 kJ/mol。
・加速試験:40℃(313 K)で30日後に品質基準値に達した
・保存温度:5℃(278 K)での賞味期限は?
t₅/t₄₀ = exp[-60000/8.314 × (1/278 – 1/313)]
= exp[-7216 × (0.003597 – 0.003195)]
= exp[-7216 × 0.000402]
= exp[2.90]
≈ 18.2
t₅ = 18.2 × 30 = 546日
≈ 1.5年
5℃での賞味期限は約1.5年と予測される。
活性化エネルギーEa = 80 kJ/molの材料について、
・使用温度:25℃(298 K)
・試験温度:100℃(373 K)
加速係数は?
AF = t₂₅/t₁₀₀ = exp[-80000/8.314 × (1/298 – 1/373)]
= exp[-9620 × (0.003356 – 0.002681)]
= exp[-9620 × 0.000675]
= exp[6.49]
≈ 660
加速係数は約660倍。つまり、100℃で1日試験すれば、25℃での約660日(1.8年)相当の劣化を観察できる。
・高温で試験して短時間で劣化させる
・アレニウスの式で常温での寿命を予測
・活性化エネルギーの正確な測定が重要
・加速係数 = exp[-Ea/R × (1/T₁ – 1/T₂)]
加速試験は製品開発において非常に重要な手法ですが、劣化メカニズムが温度によって変わらないことが前提となります。
まとめ アレニウスプロットと活性化エネルギーとの関係をわかりやすく!加速試験や反応速度の温度依存性【10℃2倍速も】
アレニウスの式について、基本的な定義から活性化エネルギーとの関係、アレニウスプロットの導出、温度依存性、加速試験への応用まで詳しく解説してきました。
アレニウスの式k = A exp(-Ea/RT)は、反応速度定数kが温度Tに対して指数関数的に増加することを表す式です。
活性化エネルギーEaは反応に必要なエネルギー障壁を表し、Eaが大きいほど温度依存性が強くなります。
アレニウスプロットは、ln(k)と1/Tをプロットすることで直線が得られ、その傾き-Ea/Rから活性化エネルギーを求めることができる手法。
「温度が10℃上がると反応速度は2倍」という10℃2倍速則は、活性化エネルギーが約50 kJ/mol(室温付近)の場合に成り立つ近似則です。
実際にはQ10 = exp[Ea × 10/(R × T²)]で計算され、活性化エネルギーによって1.5〜5倍程度と幅があります。
加速試験では、アレニウスの式を使って高温での短時間試験結果から常温での長期寿命を予測できるのです。
化学反応工学、材料科学、品質管理など、多くの分野でアレニウスの式の知識が不可欠でしょう。
この記事で学んだ知識を使って、反応速度の温度依存性の理解を深めてください。