気体の状態を正確に理解する上で、圧縮因子は欠かせない概念です。理想気体の状態方程式PV=nRTは、私たちが学校で最初に学ぶ基本的な関係式でしょう。しかし、実在の気体はこの理想的な振る舞いから逸脱することがあります。
圧縮因子は、実在気体が理想気体からどれだけずれているかを示す無次元量として定義され、化学工学や物理化学の分野で広く活用されています。高圧条件下での気体の挙動や、液化プロセスの設計など、産業応用においても重要な役割を果たしているのです。
本記事では、圧縮因子の基本的な定義から具体的な求め方、さらには1以下になる場合の物理的意味まで詳しく解説していきます。また、臨界点との関係や実際の計算例も交えながら、この重要な概念を分かりやすくお伝えしていきましょう。
圧縮因子の基本的な定義と意味
それではまず、圧縮因子とは何かという基本的な定義について解説していきます。
圧縮因子の定義式と物理的意味
圧縮因子Zは、実在気体の挙動が理想気体からどれだけ離れているかを表す指標
として定義されます。数式で表すと以下のようになるでしょう。
Z = PV / nRTP:圧力、V:体積、n:物質量、R:気体定数、T:温度
この式から分かるように、圧縮因子は実在気体のPV値を理想気体のnRT値で割ったものです。理想気体であればZ=1となり、実在気体ではこの値が1から外れることになります。
物理的な意味を考えると、Zは気体分子間の相互作用や分子自身の体積が、気体全体の挙動にどう影響するかを定量化したものと言えるでしょう。分子間力が強く働く場合や、高圧で分子自身の体積が無視できなくなる場合に、Zは1から大きく外れていきます。
理想気体と実在気体の違い
理想気体モデルでは、気体分子を大きさのない質点として扱い、分子間には相互作用がないと仮定しています。この仮定の下では、すべての気体がPV=nRTという単純な関係式に従うのです。
しかし実際の気体分子には有限の大きさがあり、分子間にはファンデルワールス力などの相互作用が働いています。低温や高圧の条件下では、これらの効果が無視できなくなり、実在気体の挙動は理想気体から大きく逸脱することになるでしょう。
例えば、常温常圧付近では多くの気体が理想気体に近い振る舞いを示しますが、液化温度に近づくにつれて理想気体からのずれが顕著になります。このずれを定量的に評価するために、圧縮因子が重要な役割を果たすのです。
圧縮因子の値が示す気体の状態
圧縮因子の値によって、気体の状態を以下のように分類できます。
| 圧縮因子の値 | 気体の状態 | 物理的意味 |
|---|---|---|
| Z = 1 | 理想気体 | 分子間力も分子体積も無視できる |
| Z > 1 | 正の偏差 | 分子体積の効果が支配的(斥力優勢) |
| Z < 1 | 負の偏差 | 分子間引力が支配的 |
Z>1の場合、実在気体の体積が理想気体よりも大きくなっていることを意味します。これは高圧条件下で分子自身の占める体積が無視できなくなり、分子間の斥力が重要になるためです。

圧縮因子の求め方と計算方法
続いては圧縮因子の具体的な求め方を確認していきます。
状態方程式を用いた基本的な計算
最も基本的な方法は、実測された圧力、体積、温度のデータから直接Z=PV/nRTの式を用いて計算するというものでしょう。
1molの窒素ガスが100気圧、300Kの条件下で0.224Lの体積を占めているとする。Z = PV / nRT
= (100 atm × 0.224 L) / (1 mol × 0.08206 L·atm/(mol·K) × 300 K)
= 22.4 / 24.618
≒ 0.91
この例では、Z<1となっており、窒素分子間の引力が働いていることが分かります。実験データがあれば、このように直接的に圧縮因子を求めることが可能です。
ただし、すべての条件で実験データが得られるわけではありません。そこで、理論的な状態方程式を用いて圧縮因子を推算する方法が発展してきました。
ファンデルワールス状態方程式による推算
実在気体の挙動をより正確に記述するため、ファンデルワールスは分子間力と分子体積を考慮した状態方程式を提案しています。
(P + a/V²)(V – b) = RT (1molあたり)a:分子間引力を表すパラメータ
b:分子の大きさを表すパラメータ
この式を変形すると、圧縮因子は以下のように表現できるでしょう。
Z = PV/RT = V/(V-b) – a/(RTV)
各物質に固有のパラメータaとbを用いることで、実験データなしでも圧縮因子の温度・圧力依存性を推算できるのです。ただし、ファンデルワールス式は近似的なものであり、特に高圧条件や臨界点付近では精度が低下します。
対応状態原理を利用した一般化図表
実用的な方法として、対応状態原理に基づく一般化圧縮因子図表が広く使われています。
対応状態原理とは、換算温度Tr(=T/Tc)と換算圧力Pr(=P/Pc)で表したとき、すべての物質の圧縮因子が普遍的な関数Z=f(Tr, Pr)で表せるという経験則です。ここでTcは臨界温度、Pcは臨界圧力を表します。
この原理を利用すれば、以下の手順で圧縮因子を求められるでしょう。
1. 物質の臨界定数(Tc、Pc)を調べる
2. 換算温度Tr=T/Tc、換算圧力Pr=P/Pcを計算する
3. 一般化圧縮因子図表からZの値を読み取る
実際の工学計算では、さらに精度を高めるため、非心性因子を導入した修正版の一般化図表が用いられることもあります。
圧縮因子が1以下になる場合の解釈
続いては圧縮因子が1より小さくなる場合について確認していきます。
分子間引力が支配的な条件
Z<1となるのは、分子間の引力が気体の挙動を支配している状態を意味しています。理想気体では分子間力を無視していますが、実在気体では分子同士が互いに引き合うため、圧力が理想気体よりも低くなるのです。
具体的には、以下のような条件でZ<1となりやすいでしょう。
– 温度が比較的低い(臨界温度に近い)場合
– 圧力が中程度(数気圧から数十気圧程度)の範囲
– 分子間力が強い物質(極性分子、水素結合を形成する分子など)
例えば、水蒸気は分子間で強い水素結合を形成するため、多くの条件でZ<1を示します。アンモニアやアルコール類も同様の傾向があるのです。
体積の減少と液化への移行
Z<1ということは、PV/nRT<1、つまりPV<nRTが成り立っていることを意味します。これを変形すると、V<nRT/Pとなり、同じ圧力・温度条件で実在気体の体積が理想気体よりも小さいことが分かるでしょう。
分子間引力によって分子同士が引き寄せられ、気体全体として収縮しているのです。この効果が極端になると、気体は液化します。
高温(Z≒1)→ 温度低下 → Z<1となり減少 → さらに温度低下 → 液化開始
臨界温度以下では、適切な圧力をかけることで気体を液化できます。この過程で圧縮因子は連続的に変化し、液相では大きく1から外れた値を取るでしょう。LNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)の製造プロセスでは、この圧縮因子の挙動を正確に把握することが重要なのです。
実際の気体での具体例
代表的な気体の圧縮因子の値を見てみましょう。
| 気体 | 条件 | 圧縮因子Z | 備考 |
|---|---|---|---|
| 窒素 | 300K、50atm | 0.96 | わずかにZ<1 |
| 二酸化炭素 | 300K、50atm | 0.70 | 引力効果が顕著 |
| メタン | 200K、50atm | 0.80 | 低温でZ減少 |
| 水素 | 300K、50atm | 1.06 | 斥力効果が優勢 |
二酸化炭素は分子間力が比較的強いため、常温でもZ=0.70程度まで低下します。一方、水素のような軽い分子は分子体積の効果が相対的に大きく、むしろZ>1となる傾向があるのです。
これらの具体例から、物質の種類や条件によって圧縮因子の値が大きく変化することが理解できるでしょう。
圧縮因子の単位と臨界点との関係
続いては圧縮因子の単位と臨界点との重要な関係性を確認していきます。
圧縮因子は無次元量である理由
圧縮因子Z=PV/nRTの式を見ると、分子と分母の次元が等しいことが分かります。
分子:[圧力]×[体積] = [Pa·m³] = [J]
分母:[物質量]×[気体定数]×[温度] = [mol]×[J/(mol·K)]×[K] = [J]
このように、圧縮因子は次元を持たない無次元量なのです。単位がないため、異なる単位系を使っても同じ値が得られます。
この性質は実用上大変便利でしょう。圧力をPaで表そうがatmで表そうが、体積をm³で表そうがLで表そうが、適切に単位を揃えさえすれば同じZの値が計算されます。ただし、気体定数Rの値は使用する単位系に応じて変わるため、注意が必要です。
臨界点における圧縮因子の特徴
臨界点は、気相と液相の区別がなくなる特別な点であり、物質固有の臨界温度Tc、臨界圧力Pc、臨界体積Vcで特徴づけられます。
例えば、主な物質の臨界圧縮因子は以下の通りです。
– 窒素:Zc ≒ 0.29
– 酸素:Zc ≒ 0.29
– 二酸化炭素:Zc ≒ 0.27
– メタン:Zc ≒ 0.29
– 水:Zc ≒ 0.23
水は水素結合の影響で他の物質よりやや小さい値となりますが、多くの非極性分子ではZc≒0.29という値がほぼ一定になるのです。
この性質は対応状態原理の根拠の一つとなっており、臨界定数を基準とした換算変数を用いることで、異なる物質の圧縮因子を統一的に扱えるようになります。
換算変数による圧縮因子の一般化
換算温度Tr=T/Tc、換算圧力Pr=P/Pcを用いると、圧縮因子は以下のような一般化された形で表現できるでしょう。
Z = f(Tr, Pr)
この関数fは、理想的には物質によらず普遍的な形を持ちます。実際には物質の分子構造によって若干の差異が生じますが、工学的な精度では十分使える近似なのです。
窒素(Tc=126K、Pc=34atm)が200K、100atmの条件にあるとき
Tr = 200/126 ≒ 1.59
Pr = 100/34 ≒ 2.94
一般化図表より Z ≒ 0.85
この方法により、個別の実験データがなくても、臨界定数さえ分かれば圧縮因子を推算できます。化学プラント設計や高圧ガス機器の設計において、換算変数と一般化図表を組み合わせた方法は標準的な手法となっているのです。
また、より高精度が要求される場合には、非心性因子ωを導入した3パラメータ対応状態を用いることもあります。これにより、極性分子や複雑な構造を持つ分子についても、圧縮因子の推算精度を向上させられるでしょう。
まとめ 圧縮因子が1以下の場合は?単位や臨海点との関係も
圧縮因子は、実在気体が理想気体からどれだけ外れているかを示す重要な指標であり、Z=PV/nRTという無次元量として定義されます。理想気体ではZ=1となり、実在気体ではこの値から外れるのです。
Z>1の場合は分子体積や斥力効果が支配的であり、Z<1の場合は分子間引力が重要な役割を果たしていることを意味します。特にZ<1となる条件は、液化プロセスと密接に関連しており、産業応用上重要でしょう。
圧縮因子の求め方には、実測データから直接計算する方法、ファンデルワールス状態方程式などの理論式を用いる方法、対応状態原理に基づく一般化図表を利用する方法があります。臨界点での圧縮因子は多くの物質で0.27~0.30程度とほぼ一定であり、換算変数を用いることで異なる物質の挙動を統一的に扱えるのです。
高圧ガスの取り扱いや気体の液化、化学プロセスの設計など、実用的な場面で圧縮因子の知識は不可欠となります。理想気体の法則だけでは説明できない実在気体の複雑な挙動を、圧縮因子という概念を通じて理解し、定量的に扱えるようになることが重要でしょう。