エンタルピーと内部エネルギーは、どちらも熱力学で扱うエネルギーの概念ですが、その違いが分かりにくく、混同してしまう方も多いのではないでしょうか。どちらも「物質が持つエネルギー」を表す量ですが、定義や適用条件が異なり、使い分ける必要があります。
記号も、内部エネルギーは「U」、エンタルピーは「H」と異なります。また、内部エネルギーは定積条件(体積一定)で、エンタルピーは定圧条件(圧力一定)で便利に使える量という違いもあります。化学の多くの反応は大気圧下(定圧)で行われるため、エンタルピーの方がよく使われますが、内部エネルギーの理解も重要です。
本記事では、エンタルピーと内部エネルギーの定義、記号、違い、関係式、使い分けについて、具体例や計算問題を交えながら詳しく解説します。熱力学の基礎をしっかり理解したい方は、ぜひ最後までお読みください。
エンタルピーと内部エネルギーの基本
それではまず、エンタルピーと内部エネルギーの基本について解説していきます。
内部エネルギーとは何か
内部エネルギー(internal energy)とは、物質を構成する分子や原子が持つエネルギーの総和
です。
分子が運動(並進、回転、振動)することによるエネルギー
2. 分子間の位置エネルギー
分子同士の相互作用によるポテンシャルエネルギー
3. 分子内のエネルギー
原子間の結合エネルギーなど
温度が高いほど分子の運動が激しくなり、内部エネルギーは大きくなります。
また、気体は分子間の距離が大きく位置エネルギーも異なるため、固体や液体とは内部エネルギーが異なります。
エンタルピーとは何か
エンタルピー(enthalpy)は、内部エネルギーに「圧力×体積」の項を加えた量
です。
定圧条件(大気圧下など)で便利に使えるように作られた熱力学関数
記号と単位の確認
両者の記号と単位を整理しましょう。
| 項目 | 内部エネルギー | エンタルピー |
|---|---|---|
| 記号 | U | H |
| 英語 | Internal Energy | Enthalpy |
| 単位 | J、kJ | J、kJ |
| 変化量 | ΔU(デルタU) | ΔH(デルタH) |
| 適用条件 | 定積条件で便利 | 定圧条件で便利 |
・internal「U」nit energy
・物質の「内」部にあるエネルギー
H(エンタルピー):
・enthal「p」yの「H」
・「H」eat content(熱含量)
両者の定義と関係式
続いては、両者の定義と関係式を確認していきます。
内部エネルギーの定義
内部エネルギーは、系の状態だけで決まる状態量です。
・絶対値は定義できない(基準からの変化量で扱う)
・温度、体積、物質の量に依存
・記号:U
・変化量:ΔU = U₂ – U₁
理想気体の場合、内部エネルギーは温度だけで決まります。
n:物質量(mol)
Cᵥ:定積モル比熱
T:絶対温度(K)
温度が上がれば内部エネルギーは増加します。
エンタルピーの定義式
エンタルピーは、内部エネルギーを使って定義されます。
H:エンタルピー
U:内部エネルギー
P:圧力
V:体積
この式が、内部エネルギーとエンタルピーを結ぶ最も重要な関係式
です。
H = U + PV の意味
なぜ PV の項を加えるのか、その意味を理解しましょう。
この項は、系が外部に対して仕事をする能力を表しています。
例えば、気体が膨張するとき:
・気体は外部に対して仕事をする
・その仕事の大きさは PΔV
・この仕事を考慮に入れるために PV 項を加える
定圧条件での変化を考えると:
= ΔU + Δ(PV)
圧力一定なら:
ΔH = ΔU + PΔV
さらに、熱力学第一法則から:
ΔU = Q – W = Q – PΔV
したがって:
ΔH = (Q – PΔV) + PΔV = Q
定圧条件では、エンタルピー変化は熱量に等しい!
エンタルピーと内部エネルギーの違い
続いては、エンタルピーと内部エネルギーの違いを確認していきます。
概念の違い
両者の概念的な違いを整理しましょう。
・物質そのものが持つエネルギー
・分子の運動エネルギーと位置エネルギー
・系の内部にあるエネルギー
エンタルピー(H):
・内部エネルギー + 圧力仕事の項
・外部への仕事能力も含めた総合エネルギー
・定圧条件で扱いやすいように定義された量
| 項目 | 内部エネルギー(U) | エンタルピー(H) |
|---|---|---|
| 意味 | 物質固有のエネルギー | U + 圧力仕事項 |
| 関係式 | ― | H = U + PV |
| 便利な条件 | 定積(体積一定) | 定圧(圧力一定) |
| 化学での使用 | 密閉容器内の反応 | 開放系の反応(一般的) |
適用条件の違い
内部エネルギーとエンタルピーは、異なる条件で便利に使えます。
・定積条件(体積一定)
・密閉容器内の反応
・爆弾熱量計での測定
定積条件では:
ΔU = Qᵥ(定積での熱量)
【エンタルピーが便利な場合】
・定圧条件(圧力一定)
・開放系の反応(ビーカー、フラスコなど)
・大気圧下の反応
定圧条件では:
ΔH = Qₚ(定圧での熱量)
変化量の違い
ΔU と ΔH の関係を確認しましょう。
ΔH = ΔU + Δ(PV)
定圧条件では:
ΔH = ΔU + PΔV
理想気体の場合:
PV = nRT より
Δ(PV) = Δ(nRT)
定圧・定温では:
ΔH = ΔU + RTΔn(気体)
Δn:気体分子数の変化
熱力学第一法則との関係
続いては、熱力学第一法則との関係を確認していきます。
熱力学第一法則とは
熱力学第一法則は、エネルギー保存則を熱力学的に表現したもの
です。
ΔU:内部エネルギー変化
Q:系が吸収した熱量
W:系が外部にした仕事
「内部エネルギーの増加は、吸収した熱から外部にした仕事を引いたもの」
Q = ΔU + W
という形で表すこともできます。
内部エネルギー変化の式
熱力学第一法則から、様々な条件での内部エネルギー変化を求められます。
W = PΔV = 0(体積変化なし)
ΔU = Q – 0 = Qᵥ
内部エネルギー変化は、定積での熱量に等しい
【定圧変化(圧力一定)】
W = PΔV
ΔU = Q – PΔV = Qₚ – PΔV
【断熱変化(熱の出入りなし)】
Q = 0
ΔU = -W
内部エネルギーの変化は、仕事だけによる
エンタルピー変化との関係
熱力学第一法則とエンタルピーの関係を確認しましょう。
熱力学第一法則 ΔU = Q – W = Q – PΔV を代入:
ΔH = (Q – PΔV) + PΔV = Q = Qₚ
定圧条件では、エンタルピー変化は熱量に等しい
| 条件 | 内部エネルギー変化 | エンタルピー変化 |
|---|---|---|
| 定積 | ΔU = Qᵥ | ΔH = ΔU(気体以外) |
| 定圧 | ΔU = Qₚ – PΔV | ΔH = Qₚ |
| 断熱 | ΔU = -W | ΔH = ΔU + PΔV |
定積変化と定圧変化
続いては、定積変化と定圧変化を確認していきます。
定積変化での内部エネルギー
定積変化では、内部エネルギーを使うのが便利です。
・仕事なし(W = PΔV = 0)
・密閉容器内の変化
内部エネルギー変化:
ΔU = Q – W = Qᵥ – 0 = Qᵥ
定積での熱量が、そのまま内部エネルギー変化になる
例:
燃焼熱を正確に測定するための装置として使われます。
定圧変化でのエンタルピー
定圧変化では、エンタルピーを使うのが便利です。
・開放系の変化
・ビーカー、フラスコなどでの反応
エンタルピー変化:
ΔH = Qₚ
定圧での熱量が、そのまま エンタルピー変化になる
使い分けのポイント
内部エネルギーとエンタルピーの使い分けを整理しましょう。
・定積条件の問題
・爆弾熱量計での測定
・理論的な考察(熱力学第一法則など)
【エンタルピー(H)を使う場合】
・定圧条件の問題(ほとんどの化学反応)
・反応熱の計算
・生成熱、燃焼熱などの熱化学
具体例での比較
続いては、具体例での比較を確認していきます。
理想気体の変化
理想気体の変化で、ΔU と ΔH を比較してみましょう。
内部エネルギー変化:
ΔU = nCᵥΔT = CᵥΔT
エンタルピー変化:
ΔH = nCₚΔT = CₚΔT
関係:
ΔH = ΔU + RTΔn
(気体分子数変化がない場合は別の関係)
Cₚ = Cᵥ + R より:
ΔH > ΔU
化学反応での違い
化学反応での ΔU と ΔH の違いを見てみましょう。
気体分子数の変化:
Δn = 0 – 3 = -3 mol
ΔH = -572 kJ(測定値)
ΔU と ΔH の関係:
ΔH = ΔU + RTΔn
ΔU = ΔH – RTΔn
= -572000 – 8.31×298×(-3)
= -572000 + 7433
= -564567 J
= -565 kJ
気体分子数が減少するため、ΔU の方が ΔH より小さい(絶対値は大きい)
気体分子数の変化:
Δn = 1 – 0 = +1 mol
ΔH = +178 kJ
ΔU = ΔH – RTΔn
= 178000 – 8.31×298×1
= 178000 – 2476
= 175524 J
= +176 kJ
気体が生成するため、ΔU の方が ΔH より小さい
計算問題での扱い
問題文から、どちらを使うべきか判断する必要があります。
→ エンタルピー(H)を使う
「定積条件で」「密閉容器内で」「体積一定で」
→ 内部エネルギー(U)を使う
特に指定がない化学反応
→ 通常はエンタルピー(H)
計算問題で理解を深める
続いては、計算問題で理解を深めていきます。
ΔUとΔHの関係を求める問題
N₂(g) + 3H₂(g) → 2NH₃(g) ΔH = -92 kJ/mol
この反応のΔUを求めなさい。
(R = 8.31 J/(K·mol)、T = 298 K)
【解答】
Δn = 2 – (1 + 3) = 2 – 4 = -2 mol
ΔU = ΔH – RTΔn
= -92000 – 8.31×298×(-2)
= -92000 + 4953
= -87047 J
= -87.0 kJ/mol
答え:ΔU = -87.0 kJ/mol
定積と定圧での計算
同じ反応を定圧条件で行った場合、何kJの熱が放出されるか。
ただし、気体分子数は2 mol減少し、温度は25℃とする。
【解答】
ΔU = Qᵥ = -50 kJ定圧条件:
ΔH = Qₚ = ?
ΔH = ΔU + RTΔn
Δn = -2 mol、R = 8.31 J/(K·mol)、T = 298 K
ΔH = -50000 + 8.31×298×(-2)
= -50000 – 4953
= -54953 J
= -55.0 kJ
Qₚ = -55.0 kJ
答え:55.0 kJの熱が放出される
応用問題
この反応の内部エネルギー変化ΔUを求めなさい。
(25℃、1気圧)
CH₄(g) + 2O₂(g) → CO₂(g) + 2H₂O(l)
【解答】
反応物:CH₄ 1個 + O₂ 2個 = 3個
生成物:CO₂ 1個(H₂Oは液体なので数えない)Δn = 1 – 3 = -2 mol
ΔU = ΔH – RTΔn
= -891000 – 8.31×298×(-2)
= -891000 + 4953
= -886047 J
= -886 kJ/mol
答え:ΔU = -886 kJ/mol
まとめ|エンタルピーと内部エネルギーの違い
本記事では、エンタルピーと内部エネルギーの違いや記号について、定義から関係式、計算問題まで詳しく解説しました。
内部エネルギー(U)は物質が持つエネルギーそのもので、分子の運動エネルギーと位置エネルギーの総和です。エンタルピー(H)は内部エネルギーに圧力×体積の項を加えたもので、H = U + PV という関係式で結ばれています。
定積条件では内部エネルギー変化が熱量に等しく(ΔU = Qᵥ)、定圧条件ではエンタルピー変化が熱量に等しくなります(ΔH = Qₚ)。化学の多くの反応は大気圧下(定圧)で行われるため、エンタルピーの方が一般的に使われます。
気体が関わる反応では、ΔH = ΔU + RTΔn の関係があり、気体分子数の変化によって両者の値が異なります。液体や固体だけの反応では、ΔH ≈ ΔU となります。問題を解く際は、定積か定圧かを確認し、適切な量を使って計算することが重要です。