エンタルピー変化の符号(正負)は、化学反応が発熱反応か吸熱反応かを示す重要な指標です。ΔH 0なら吸熱反応という基本ルールは覚えていても、実際の化学反応を見たときに「この反応は発熱なのか吸熱なのか」「なぜこの符号になるのか」と判断に迷ってしまう学生は少なくありません。
特に試験問題では、反応式だけが与えられて「この反応のΔHの符号を答えよ」という形式の出題もあり、反応の性質から正負を判断する力が求められます。また、計算問題でも符号を間違えると答えが逆になってしまうため、正確な理解が必要です。
本記事では、エンタルピーの正負の見分け方について、発熱反応と吸熱反応の特徴、具体的な判断基準、間違えやすいケース、実践問題まで詳しく解説します。エンタルピーの符号判断に自信を持ちたい方は、ぜひ最後までお読みください。
エンタルピー変化の符号とは
それではまず、エンタルピー変化の符号について解説していきます。
ΔHの符号が表すこと
エンタルピー変化ΔHの符号は、系が熱を放出したか吸収したかを示します。
ΔH 0(正の値):
・系が熱を吸収
・周囲の温度が下がる
・吸熱反応
ΔH = 0:
・熱の出入りがない
・熱的に中性
発熱反応と吸熱反応の定義
発熱反応と吸熱反応を正確に定義しましょう。
定義:反応物が持つエネルギーよりも生成物が持つエネルギーの方が小さい反応
特徴:
・ΔH = H(生成物) – H(反応物)
定義:反応物が持つエネルギーよりも生成物が持つエネルギーの方が大きい反応
特徴:
・ΔH = H(生成物) – H(反応物) > 0
・不足するエネルギーを周囲から吸収
・反応容器が冷たくなる
・エネルギーを与えないと進まない場合が多い
エネルギー図で見るエンタルピー変化
エネルギー図を使うと、ΔHの符号が視覚的に理解できます。
| 項目 | 発熱反応 | 吸熱反応 |
|---|---|---|
| エネルギー準位 | 反応物 > 生成物 | 反応物 |
| エネルギー変化 | 下降 | 上昇 |
| ΔHの符号 | 負(-) | 正(+) |
| 熱の移動 | 系→周囲 | 周囲→系 |
| 温度変化 | 上昇 | 下降 |
発熱反応の特徴と見分け方
続いては、発熱反応の特徴と見分け方を確認していきます。
発熱反応とは何か
発熱反応は、エネルギー的に安定な物質が生成され、余剰エネルギーが熱として放出される反応です。
1. 自然に進行しやすい
エネルギー的に低い状態へ移行するため
2. 反応容器が熱くなる
放出された熱で周囲の温度が上昇
3. 強い結合が形成される
より安定な結合ができることが多い
4. 活性化エネルギーを超えれば継続
一度始まれば自発的に進む場合が多い
発熱反応の代表例
発熱反応には、日常生活でもよく見られる反応が多くあります。
1. 燃焼反応
CH₄(g) + 2O₂(g) → CO₂(g) + 2H₂O(l) ΔH = -891 kJ/mol
ガスの燃焼、ろうそくの炎など
2. 中和反応
HCl(aq) + NaOH(aq) → NaCl(aq) + H₂O(l) ΔH = -56.5 kJ/mol
酸と塩基が反応して塩と水ができる
3. 金属の酸化
2Fe(s) + 3/2 O₂(g) → Fe₂O₃(s) ΔH = -824 kJ/mol
鉄の錆、使い捨てカイロ
4. 生成反応(多くの場合)
H₂(g) + 1/2 O₂(g) → H₂O(l) ΔH = -286 kJ/mol
水の生成
5. 溶解(一部の物質)
NaOH(s) → Na⁺(aq) + OH⁻(aq) ΔH = -44.5 kJ/mol
水酸化ナトリウムを水に溶かすと発熱
発熱反応を見分けるポイント
反応式を見て発熱反応かどうかを判断するポイントがあります。
1. 燃焼反応は必ず発熱
有機物 + O₂ → CO₂ + H₂O の形なら発熱
2. 中和反応は必ず発熱
酸 + 塩基 → 塩 + 水 の形なら発熱
3. 強い結合の生成
H-O、C=O など強い結合ができる反応は発熱傾向
4. 安定な物質の生成
CO₂、H₂O など安定な物質ができる反応は発熱傾向
5. 実験的に熱を感じる
反応容器が熱くなる、湯気が出る
吸熱反応の特徴と見分け方
続いては、吸熱反応の特徴と見分け方を確認していきます。
吸熱反応とは何か
吸熱反応は、エネルギー的に不安定な物質が生成され、不足するエネルギーを周囲から吸収する反応です。
1. エネルギー供給が必要
外部から加熱などでエネルギーを与える必要がある
2. 反応容器が冷たくなる
周囲から熱を奪うため温度が下降
3. 弱い結合の生成または結合の切断
結合を切るにはエネルギーが必要
4. 自発的には進みにくい
エネルギー的に高い状態へ移行するため
吸熱反応の代表例
吸熱反応の具体例を確認しましょう。
1. 熱分解反応
CaCO₃(s) → CaO(s) + CO₂(g) ΔH = +178 kJ/mol
炭酸カルシウムの熱分解(加熱が必要)
2. 蒸発・昇華
H₂O(l) → H₂O(g) ΔH = +44 kJ/mol
水の蒸発
3. 融解
H₂O(s) → H₂O(l) ΔH = +6.0 kJ/mol
氷が解ける
4. 光合成
6CO₂(g) + 6H₂O(l) → C₆H₁₂O₆(s) + 6O₂(g) ΔH = +2803 kJ/mol
太陽光のエネルギーを吸収
5. 溶解(一部の物質)
NH₄NO₃(s) → NH₄⁺(aq) + NO₃⁻(aq) ΔH = +26 kJ/mol
硝酸アンモニウムを水に溶かすと吸熱(瞬間冷却パック)
吸熱反応を見分けるポイント
反応式を見て吸熱反応かどうかを判断するポイントです。
1. 熱分解反応
1つの物質が複数に分解される反応は吸熱が多い
2. 状態変化(固→液→気)
融解、蒸発、昇華は必ず吸熱
3. 強い結合の切断
C=O、H-O など強い結合が切れる反応は吸熱傾向
4. 加熱が必要な反応
反応式に「加熱」「Δ」などの記号がある
5. 実験的に冷たくなる
反応容器が冷たくなる、結露する
正負の判断が必要な問題
続いては、正負の判断が必要な問題を確認していきます。
反応の種類から判断する
反応の種類から、ΔHの符号を判断できる場合があります。
必ず負(発熱):
・燃焼反応
・中和反応
・金属の酸化反応
・多くの化合反応
必ず正(吸熱):
・融解、蒸発、昇華
・多くの熱分解反応
・光合成
場合による:
・溶解反応(物質による)
・置換反応(条件による)
例題で確認しましょう。
次の反応のΔHの符号を答えなさい。
(1) C₃H₈(g) + 5O₂(g) → 3CO₂(g) + 4H₂O(l)
(2) 2H₂O(l) → 2H₂(g) + O₂(g)
(3) N₂(g) + 3H₂(g) → 2NH₃(g)
【解答】
有機物 + O₂ → CO₂ + H₂O の形
→ 燃焼反応なので ΔH 0(吸熱)
(3) アンモニアの合成反応
単体から化合物が生成
→ 化合反応で安定な物質ができるので ΔH
結合エネルギーから判断する
結合エネルギーが与えられている場合、計算して符号を判断します。
ΔH = (切断する結合のエネルギー) – (生成する結合のエネルギー)
切断 生成 → ΔH > 0(吸熱)
生成する結合のエネルギーが大きければ、その分熱が放出されます。
次の反応について、結合エネルギーからΔHの符号を判断しなさい。
H₂(g) + F₂(g) → 2HF(g)
結合エネルギー:
H-H:436 kJ/mol
F-F:159 kJ/mol
H-F:568 kJ/mol
【解答】
H-H:436 kJ/mol
F-F:159 kJ/mol
合計:436 + 159 = 595 kJ/mol
生成される結合:
H-F:568 kJ/mol × 2 = 1136 kJ/mol
ΔH = 595 – 1136 = -541 kJ/mol
ΔH
エネルギー準位から判断する
エネルギー準位図が与えられた場合の判断方法です。
1. 反応物と生成物のエネルギー準位を確認
2. 生成物が反応物より低い → ΔH 0(吸熱)
4. ΔH = H(生成物) – H(反応物)
符号を間違えやすいケース
続いては、符号を間違えやすいケースを確認していきます。
逆反応と符号の関係
反応を逆向きにすると、ΔHの符号も逆になります。
正反応:A → B ΔH = -100 kJ/mol(発熱)
逆反応:B → A ΔH = +100 kJ/mol(吸熱)
正反応が発熱なら、逆反応は吸熱
正反応が吸熱なら、逆反応は発熱
例:
H₂(g) + 1/2 O₂(g) → H₂O(l) ΔH = -286 kJ/mol(発熱)
水の分解:
H₂O(l) → H₂(g) + 1/2 O₂(g) ΔH = +286 kJ/mol(吸熱)
水の生成は発熱ですが、その逆の水の分解は吸熱です。
係数を変えたときの符号
反応式の係数を変えても、ΔHの符号は変わりません(絶対値は変わります)。
元の反応:A → B ΔH = -50 kJ/mol
2倍の反応:2A → 2B ΔH = -100 kJ/mol
係数を2倍にすると、ΔHの値も2倍になりますが、符号は変わりません。
混乱しやすい反応の例
符号の判断で混乱しやすい反応を確認しましょう。
1. 溶解反応
・NaOH、H₂SO₄の溶解:発熱
・NH₄NO₃、NH₄Clの溶解:吸熱
→ 物質によって異なる
2. 気体の生成
・気体が生成するからといって必ずしも吸熱ではない
・燃焼でCO₂(気体)が生成しても発熱
3. 分解反応
・多くは吸熱だが、過酸化水素の分解は発熱
2H₂O₂(l) → 2H₂O(l) + O₂(g) ΔH
正負の見分け方の実践問題
続いては、正負の見分け方の実践問題を確認していきます。
基本的な判断問題
基本的な反応の符号判断問題です。
次の反応のΔHの符号を答えなさい。
(1) 2H₂(g) + O₂(g) → 2H₂O(l)
(2) CaCO₃(s) → CaO(s) + CO₂(g)(加熱)
(3) HCl(aq) + NaOH(aq) → NaCl(aq) + H₂O(l)
(4) NH₄Cl(s) → NH₄⁺(aq) + Cl⁻(aq)
(5) H₂O(l) → H₂O(g)
【解答】
→ 化合反応で安定な物質生成
→ ΔH 0(吸熱)
(3) 塩酸と水酸化ナトリウムの中和
→ 中和反応は必ず発熱
→ ΔH 0(吸熱)
(5) 水の蒸発
→ 状態変化(液→気)
→ ΔH > 0(吸熱)
計算を含む判断問題
計算してから符号を判断する問題です。
次の反応について、生成エンタルピーからΔHを計算し、発熱か吸熱か答えなさい。
CO(g) + 1/2 O₂(g) → CO₂(g)
生成エンタルピー:
ΔH°f[CO(g)] = -111 kJ/mol
ΔH°f[CO₂(g)] = -394 kJ/mol
ΔH°f[O₂(g)] = 0 kJ/mol
【解答】
= ΔH°f[CO₂] – [ΔH°f[CO] + 1/2×ΔH°f[O₂]]
= (-394) – [(-111) + 0]
= -394 + 111
= -283 kJ/mol
ΔH
応用的な判断問題
やや応用的な判断問題です。
ある反応A → Bについて、逆反応B → AのΔHが +150 kJ/molであった。
正反応A → Bは発熱反応か吸熱反応か答えなさい。
【解答】
逆反応が吸熱ということは、正反応は発熱です。
正反応:A → B ΔH = -150 kJ/mol(発熱)
答え:発熱反応
まとめ|正負の見分け方のポイント
本記事では、エンタルピー変化の正負の見分け方について、発熱反応と吸熱反応の特徴から具体的な判断方法まで詳しく解説しました。
エンタルピー変化の符号は、ΔH 0なら吸熱反応を示します。発熱反応は燃焼反応、中和反応、多くの化合反応など、エネルギー的に安定な物質が生成される反応です。吸熱反応は熱分解、状態変化(固→液→気)、光合成など、エネルギーを吸収して不安定な状態へ移行する反応です。
反応の種類から判断する場合、燃焼反応と中和反応は必ず発熱、融解と蒸発は必ず吸熱です。結合エネルギーが与えられた場合は、切断するエネルギーと生成するエネルギーの差から符号を判断できます。逆反応では符号が逆になり、係数を変えても符号は変わりません。
これらのポイントを押さえることで、化学反応のΔHの符号を正確に判断できるようになります。符号判断に迷ったときは、「反応の種類」「エネルギーの流れ」「実際の温度変化」の3つの観点から考えると、正しい判断ができます。