熱力学を学ぶ上で、エントロピーは非常に重要な概念ですが、その性質について正しく理解できているでしょうか。エントロピーは状態量なのか、それとも経路によって変わる量なのか。また、示量性変数と示強性変数のどちらに分類されるのか。これらの疑問を持つ方も多いはずです。
実は、エントロピーは状態量であり、かつ示量性変数という明確な性質を持っています。この性質を理解することは、熱力学の法則を正しく適用し、化学反応や物理過程を理解する上で欠かせません。
この記事では、状態量とは何か、示量性変数と示強性変数の違い、そしてエントロピーがどちらに分類されるのか、他の熱力学的状態量との比較も含めて、わかりやすく丁寧に解説していきます。熱力学の基礎をしっかり固めたい方は、ぜひ最後までお読みください。
エントロピーは状態量か?基本的な性質
それではまず、エントロピーが状態量であるかどうかについて解説していきます。
状態量とは何か
状態量とは、系の現在の状態だけで決まり、そこに至る過程(経路)には依存しない物理量のことです。英語ではstate functionまたはstate variableと呼ばれます。
状態量の最も重要な特徴は、変化量が始状態と終状態だけで決まることです。AからBへ移る際、どのような経路を通っても、状態量の変化は同じになります。
例えば、温度Tは状態量です。水が20℃から100℃になったとき、温度変化ΔT = 80℃は、ゆっくり加熱しても急速に加熱しても同じです。加熱の方法(経路)には依存しません。
圧力P、体積V、内部エネルギーUなども状態量です。これらはすべて、系の現在の状態を記述する変数であり、過去の履歴には関係ありません。
一方、状態量でない量(経路関数)もあります。仕事Wや熱量Qは経路関数で、AからBへ移る経路によって値が変わります。
エントロピーは状態量である
エントロピーSは、状態量です。これは熱力学第二法則から導かれる重要な結論です。
エントロピーが状態量であることは、次のように示されます。可逆過程において、微小なエントロピー変化dSは、
dS = dQ_rev / T
で定義されます。ここで、dQ_revは可逆的に加えられた熱量、Tは絶対温度です。
この式を積分すると、
ΔS = ∫(dQ_rev / T)
となります。数学的には、この積分が経路に依存しないことが証明されており、これによってエントロピーが状態量であることがわかります。
実際、ある初期状態Aから最終状態Bへ移る際、どのような可逆経路を通っても、エントロピー変化ΔS = S_B − S_Aは同じ値になります。これがエントロピーが状態量である証拠です。
不可逆過程の場合でも、エントロピーは状態量です。不可逆過程でのエントロピー変化を求めるには、同じ始状態と終状態を結ぶ可逆経路を想定して計算します。
経路に依存しない理由
なぜエントロピーは経路に依存しないのでしょうか。その理由を熱力学の観点から理解しましょう。
エントロピーは、系の微視的な状態の数Wと関係しています。ボルツマンの式S = k ln Wが示すように、エントロピーは系がとり得る配置の数に依存します。
ある温度、圧力、体積の状態にある気体は、その状態に対応する特定の微視的状態数を持ちます。この状態数は、現在の熱力学的状態(温度、圧力、体積など)だけで決まり、過去にどのような経路でその状態に到達したかには関係ありません。
例えば、1 molの理想気体が300 K、1 atmの状態にあるとき、そのエントロピーは一定の値です。この状態に、等温膨張で到達しても、断熱膨張の後の加熱で到達しても、最終的なエントロピーは同じになります。
現在の熱力学的状態で微視的状態数が決まる
微視的状態数は過去の履歴に依存しない
したがってエントロピーも過去の履歴に依存しない
この性質により、複雑な過程のエントロピー変化も、便利な可逆経路を想定して計算できるのです。
示量性変数と示強性変数とは
続いては、示量性変数と示強性変数の違いについて確認していきます。
示量性変数(示量性状態量)の定義
示量性変数(extensive variable)とは、系の大きさ(物質量)に比例して変化する物理量のことです。
系を2倍にすれば、示量性変数も2倍になります。逆に、系を半分にすれば、示量性変数も半分になります。つまり、系の「量」に比例する性質を持ちます。
最も典型的な示量性変数は、物質量n(モル数)です。気体の量を2倍にすれば、モル数も2倍になります。
体積Vも示量性変数です。同じ条件の気体を2つ合わせれば、体積は2倍になります。
質量mも示量性変数です。物質の量が増えれば、それに比例して質量も増えます。
示量性変数の数学的な特徴は、加法性を持つことです。2つの系A、Bを合わせたとき、全体の示量性変数Xは、
X_total = X_A + X_B
となります。この加法性が、示量性変数の本質的な性質です。
示強性変数(示強性状態量)の定義
示強性変数(intensive variable)とは、系の大きさ(物質量)に依存せず、一定の値を保つ物理量のことです。
系を2倍にしても、示強性変数は変化しません。系の「密度」や「集中度」に関係する性質を持ちます。
最も典型的な示強性変数は、温度Tです。同じ温度の水を2つ合わせても、温度は変わりません。100℃の水1Lと100℃の水1Lを混ぜても、結果は100℃の水2Lです。
圧力Pも示強性変数です。同じ圧力の気体を2つ合わせても、圧力は変化しません(体積は2倍になりますが)。
密度ρも示強性変数です。同じ物質なら、量が変わっても密度は一定です。
示強性変数の数学的な特徴は、系を分割しても値が変わらないことです。2つの同じ系A、Bを合わせたとき、全体の示強性変数Yは、
Y_total = Y_A = Y_B
となります。加法性を持たないのが特徴です。
両者の違いと具体例
示量性変数と示強性変数の違いを、具体例で見ていきましょう。
1 Lの水(20℃、1 atm)を考えます。これを2倍にして2 Lにしたとき、各物理量はどうなるでしょうか。
| 物理量 | 種類 | 1 Lのとき | 2 Lのとき |
|---|---|---|---|
| 体積 V | 示量性 | 1 L | 2 L(2倍) |
| 質量 m | 示量性 | 1 kg | 2 kg(2倍) |
| 物質量 n | 示量性 | 55.5 mol | 111 mol(2倍) |
| 温度 T | 示強性 | 20℃ | 20℃(不変) |
| 圧力 P | 示強性 | 1 atm | 1 atm(不変) |
| 密度 ρ | 示強性 | 1.0 g/cm³ | 1.0 g/cm³(不変) |
重要な関係として、示量性変数を示量性変数で割ると示強性変数になるという規則があります。
例:
密度 ρ = 質量 m / 体積 V(示強性 = 示量性 / 示量性)
モル濃度 c = 物質量 n / 体積 V(示強性 = 示量性 / 示量性)
モル体積 Vm = 体積 V / 物質量 n(示強性 = 示量性 / 示量性)
この関係は、熱力学的な量を扱う際に非常に重要です。
エントロピーは示量性変数か示強性変数か
続いては、エントロピーが示量性変数と示強性変数のどちらに分類されるかを見ていきます。
エントロピーは示量性変数である
エントロピーSは、示量性変数です。これは熱力学の基本的な性質の一つです。
系の大きさを2倍にすれば、エントロピーも2倍になります。1 molの理想気体のエントロピーをS₁とすると、2 molの理想気体のエントロピーは2S₁になります。
数学的には、エントロピーの加法性として表されます。2つの独立な系A、Bを合わせたとき、全体のエントロピーは、
S_total = S_A + S_B
となります。これは示量性変数の定義そのものです。
ボルツマンの式S = k ln Wから考えても、この性質が理解できます。2つの系を合わせると、状態数はW_total = W_A × W_Bとなります(独立な系の場合)。したがって、
S_total = k ln W_total = k ln(W_A × W_B)
= k ln W_A + k ln W_B
= S_A + S_B
このように、エントロピーは加法性を持つため、示量性変数なのです。
物質量に比例する性質
エントロピーが示量性変数であることは、物質量に比例する性質からも確認できます。
理想気体のエントロピーは、物質量nに比例します。n molの理想気体のエントロピーは、
S = nS_m
と表されます。ここで、S_mはモルエントロピー(1 molあたりのエントロピー)です。
具体例で確認しましょう。標準状態(25℃、1 atm)での水H₂O(液)の標準モルエントロピーは、
S° = 69.9 J/(mol·K)
です。したがって、
1 molの水:S = 69.9 J/K
2 molの水:S = 2 × 69.9 = 139.8 J/K
10 molの水:S = 10 × 69.9 = 699 J/K
このように、物質量が増えれば、エントロピーも比例して増加します。
化学反応のエントロピー変化を計算する際も、この性質が重要です。反応式の係数を2倍にすれば、エントロピー変化も2倍になります。
モルエントロピーは示強性変数
エントロピーS自体は示量性変数ですが、モルエントロピーS_mは示強性変数です。
モルエントロピーは、1 molあたりのエントロピーとして定義されます。
S_m = S / n
これは示量性変数(S)を示量性変数(n)で割った量なので、示強性変数になります。
モルエントロピーの単位は、J/(mol·K)です。これは物質の種類、温度、圧力によって決まる値で、物質量には依存しません。
例えば、標準状態での各物質のモルエントロピーは定数です。
H₂O(液):S_m° = 69.9 J/(mol·K)
H₂O(気):S_m° = 188.8 J/(mol·K)
この値は、1 molでも10 molでも変わりません。単位物質量あたりの量なので、示強性なのです。
エントロピーS:示量性変数(物質量に比例)
モルエントロピーS_m:示強性変数(物質量に依存しない)
S = n × S_m の関係
同様に、比エントロピー(単位質量あたりのエントロピー)も示強性変数です。
他の熱力学的状態量の分類
続いては、エントロピー以外の熱力学的状態量がどのように分類されるかを確認していきます。
示量性の状態量一覧
主な示量性の状態量をまとめます。これらはすべて、系の大きさに比例する量です。
体積V:最も基本的な示量性変数。気体の量を2倍にすれば体積も2倍。
質量m:物質の量そのものを表す示量性変数。
物質量n:化学で最も重要な示量性変数。モル数で表される。
内部エネルギーU:系が持つ全エネルギー。量が2倍になればUも2倍。
エンタルピーH:H = U + PVで定義される熱含量。示量性変数同士の和なので示量性。
エントロピーS:本記事で説明したように、示量性変数。
ヘルムホルツ自由エネルギーF:F = U − TSで定義。示量性変数の組み合わせなので示量性。
ギブズ自由エネルギーG:G = H − TSで定義。これも示量性。
熱容量C:系の温度を1 K上げるのに必要な熱量。量が増えれば熱容量も増える。
これらに共通するのは、系を分割したり合わせたりしたとき、値が加算されるという性質です。
示強性の状態量一覧
主な示強性の状態量をまとめます。これらはすべて、系の大きさに依存しない量です。
温度T:最も基本的な示強性変数。系を2倍にしても温度は変わらない。
圧力P:単位面積あたりの力。系の大きさには依存しない。
密度ρ:単位体積あたりの質量。ρ = m/Vで示量性÷示量性なので示強性。
モル体積Vm:1 molあたりの体積。Vm = V/nで示強性。
モルエントロピーSm:1 molあたりのエントロピー。Sm = S/nで示強性。
モルエンタルピーHm:1 molあたりのエンタルピー。
比熱容量c:単位質量(または単位物質量)あたりの熱容量。
化学ポテンシャルμ:1粒子を加えたときのエネルギー変化。μ = G/nで示強性。
モル濃度C:単位体積あたりの物質量。C = n/Vで示強性。
| 示量性状態量 | 記号 | 示強性状態量 | 記号 |
|---|---|---|---|
| 体積 | V | 温度 | T |
| 質量 | m | 圧力 | P |
| 物質量 | n | 密度 | ρ |
| エントロピー | S | モルエントロピー | Sm |
| 内部エネルギー | U | 化学ポテンシャル | μ |
| エンタルピー | H | モルエンタルピー | Hm |
| ギブズエネルギー | G | 比熱容量 | c |
これらの分類を理解することで、熱力学の式を正しく扱えるようになります。
示量性と示強性の関係
示量性変数と示強性変数の間には、重要な数学的関係があります。
最も基本的な関係は、示量性変数 = 物質量 × モル量(示強性変数)という式です。
例:
体積:V = n × Vm(Vmはモル体積)
エントロピー:S = n × Sm(Smはモルエントロピー)
エンタルピー:H = n × Hm(Hmはモルエンタルピー)
また、オイラーの関係式と呼ばれる重要な式があります。示量性の状態量Xは、
X = Σ μᵢ nᵢ
と表されます。ここで、μᵢは化学ポテンシャル(示強性)、nᵢは物質量(示量性)です。
熱力学的な平衡条件も、示量性と示強性の関係から理解できます。2つの系が平衡にあるとき、示強性変数が等しくなります。
熱平衡:T₁ = T₂(温度が等しい)
力学的平衡:P₁ = P₂(圧力が等しい)
化学平衡:μ₁ = μ₂(化学ポテンシャルが等しい)
一方、示量性変数は加算されます。
V_total = V₁ + V₂
S_total = S₁ + S₂
この性質の違いを理解することが、熱力学の問題を解く上で非常に重要です。
まとめ
エントロピーの性質について、状態量であること、そして示量性変数であることを詳しく解説してきました。
エントロピーSは状態量であり、系の現在の状態だけで決まり、そこに至る経路には依存しません。可逆過程でも不可逆過程でも、同じ始状態と終状態なら、エントロピー変化は同じ値になります。
示量性変数と示強性変数の違いは、系の大きさへの依存性です。示量性変数は物質量に比例し、示強性変数は物質量に依存しません。エントロピーSは示量性変数であり、系を2倍にすればエントロピーも2倍になります。
一方、モルエントロピーSm = S/nは示強性変数です。示量性変数を示量性変数で割ると示強性変数になるという規則により、単位物質量あたりの量は示強性となります。
他の熱力学的状態量も、体積V、内部エネルギーU、エンタルピーH、ギブズエネルギーGなどは示量性、温度T、圧力P、密度ρなどは示強性に分類されます。
これらの分類を正しく理解することで、熱力学の式を適切に扱い、化学反応や物理過程を正確に解析できるようになります。エントロピーが状態量かつ示量性変数であるという性質は、熱力学を学ぶ上での基礎となる重要な知識です。
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