熱力学を学ぶ上で、エントロピーと他の熱力学的変数との関係を理解することは非常に重要です。エントロピーは温度、圧力、体積といった状態量とどのような関係式で結びついているのでしょうか。また、時間の経過とエントロピーの変化にはどのような法則があるのでしょうか。
これらの関係式を知ることで、化学反応や物理過程におけるエントロピー変化を定量的に計算できるようになります。しかし、多くの関係式があり、それぞれがどのような条件で成り立つのか混乱しがちです。
この記事では、エントロピーと温度の基本的な関係式から始まり、時間との関係、圧力や体積との関係式まで、熱力学の重要な式を体系的にわかりやすく解説していきます。具体的な計算例も交えながら実践的に学べる内容になっていますので、ぜひ最後までお読みください。
エントロピーと温度の関係式
それではまず、エントロピーと温度の関係について解説していきます。
基本的な関係式dS = dQ/T
エントロピーと温度の最も基本的な関係式は、dS = dQ/Tです。これはクラウジウスによって導入されたエントロピーの定義式です。
ここで、dSは微小なエントロピー変化、dQは可逆的に加えられた熱量、Tは絶対温度(ケルビン)です。この式は、可逆過程において成り立ちます。
この式が示す重要な意味は、同じ熱量を加えても、温度が低いほどエントロピー変化が大きいということです。100 Jの熱量を100 Kで加えた場合のエントロピー変化は、300 Kで加えた場合の3倍になります。
有限の変化に対しては、積分形で表されます。
ΔS = ∫(dQ/T)
可逆的な定温過程(温度Tが一定)の場合、積分が簡単になり、
ΔS = Q/T
となります。例えば、300 Kで600 Jの熱を可逆的に吸収した場合、
ΔS = 600 J / 300 K = 2 J/K
となります。
定圧での温度変化とエントロピー
圧力を一定に保ちながら温度を変化させる定圧過程でのエントロピー変化を求めましょう。
定圧過程では、加えられた熱量dQはエンタルピー変化dHに等しくなります。また、dH = nCp dTという関係があります。ここで、Cpは定圧モル熱容量です。
これを基本式dS = dQ/Tに代入すると、
dS = nCp dT / T
積分すると、温度T₁からT₂への変化でのエントロピー変化は、
ΔS = nCp ln(T₂/T₁)
となります。これが定圧での温度変化におけるエントロピー変化の式です。
計算例:1 molの水を定圧(1 atm)で300 Kから350 Kまで加熱する場合。水の定圧モル熱容量Cp = 75.3 J/(mol·K)とすると、
ΔS = 1 mol × 75.3 J/(mol·K) × ln(350/300)
= 75.3 × ln(1.167)
= 75.3 × 0.154
= 11.6 J/K
温度が上昇すると、エントロピーは常に増加します。これは分子の熱運動が激しくなり、とり得る状態が増えるためです。
定積での温度変化とエントロピー
体積を一定に保ちながら温度を変化させる定積過程でのエントロピー変化も重要です。
定積過程では、加えられた熱量dQは内部エネルギー変化dUに等しくなります。また、dU = nCv dTという関係があります。ここで、Cvは定積モル熱容量です。
基本式に代入すると、
dS = nCv dT / T
積分すると、
ΔS = nCv ln(T₂/T₁)
となります。これが定積での温度変化におけるエントロピー変化の式です。
定圧過程と定積過程の式は似ていますが、使う熱容量が異なります。理想気体では、Cp = Cv + Rという関係があります(Rは気体定数)。
| 過程 | エントロピー変化の式 | 使用する熱容量 |
|---|---|---|
| 定圧過程 | ΔS = nCp ln(T₂/T₁) | 定圧モル熱容量Cp |
| 定積過程 | ΔS = nCv ln(T₂/T₁) | 定積モル熱容量Cv |
| 定温過程 | ΔS = Q/T | 熱容量不要 |
これらの式を使い分けることで、様々な条件でのエントロピー変化を計算できます。
エントロピーと時間の関係
続いては、エントロピーと時間の関係について確認していきます。
エントロピー増大の法則と時間
エントロピーと時間の関係で最も重要なのが、エントロピー増大の法則です。
孤立系(外部とエネルギーや物質の交換がない系)では、時間の経過とともにエントロピーは増大するか、一定に保たれます。数式で表すと、
dS/dt ≥ 0
となります。ここで、tは時間です。等号が成立するのは可逆過程の場合で、不等号が成立するのが不可逆過程(現実のすべての過程)です。
この不等式は、時間の一方向性を示しています。エントロピーが増大する方向が時間の進む方向であり、これが「時間の矢」と呼ばれる現象の根源です。
平衡状態に達すると、エントロピーは最大値に達し、それ以上変化しなくなります。このとき、dS/dt = 0となります。
エントロピー増大の法則は、熱力学第二法則の数学的表現の一つであり、自然現象の方向性を決定する根本的な法則です。
時間発展とエントロピー変化の式
時間とともにエントロピーがどのように変化するかを表す式を見ていきましょう。
非平衡状態から平衡状態へ向かう過程では、エントロピーは時間とともに増加します。時刻tでのエントロピーをS(t)とすると、
S(t) = S₀ + ∫₀ᵗ (dS/dt’) dt’
と表されます。S₀は初期エントロピーです。
不可逆過程での具体的なエントロピー生成速度は、過程の性質によって異なります。例えば、熱伝導によるエントロピー生成速度は、
dS/dt = (熱流束)² / (熱伝導率 × 温度²)
という形で表されます。
化学反応が進行する場合、反応速度vに比例してエントロピーが変化します。
dS/dt = ΔS_reaction × v
ここで、ΔS_reactionは反応のエントロピー変化です。
孤立系:dS/dt ≥ 0(常に増大または一定)
平衡状態:dS/dt = 0(最大値で一定)
時間は、エントロピーが増大する方向に進む
この関係により、過去と未来が明確に区別されます。
可逆過程と不可逆過程での時間依存性
可逆過程と不可逆過程では、時間に対するエントロピーの振る舞いが異なります。
可逆過程は、理論上無限にゆっくり進む過程で、系は常に平衡状態を保ちます。このとき、孤立系全体でのエントロピー変化は0です。
dS_total/dt = 0(可逆過程)
可逆過程は時間反転対称性を持ちます。つまり、過程を逆向きに進めても熱力学の法則は成り立ちます。
一方、不可逆過程は現実のすべての過程で、有限の速度で進みます。このとき、孤立系全体でのエントロピーは必ず増加します。
dS_total/dt > 0(不可逆過程)
不可逆過程には時間反転対称性がありません。摩擦、熱伝導、拡散、化学反応などはすべて不可逆過程です。
時間をt、逆向きに進めた時間を−tとすると、可逆過程ではS(t)とS(−t)の振る舞いが対称ですが、不可逆過程では対称性が破れています。これが、現実世界で時間が一方向にしか進まない理由です。
エントロピーと圧力の関係式
続いては、エントロピーと圧力の関係式について見ていきます。
マクスウェルの関係式
エントロピーと圧力を結びつける重要な式が、マクスウェルの関係式です。
熱力学の基本式から導かれるマクスウェルの関係式の一つは、
(∂S/∂P)_T = −(∂V/∂T)_P
です。下付き文字は、その変数を一定に保つことを示します。
この式は、「定温での圧力変化に対するエントロピーの変化率」が、「定圧での温度変化に対する体積の変化率のマイナス」に等しいことを示しています。
右辺の(∂V/∂T)_Pは体積膨張率に関係する量で、多くの物質で測定可能です。この関係式により、直接測定しにくいエントロピーの変化を、測定可能な体積変化から計算できます。
マクスウェルの関係式は4つあり、それぞれが異なる熱力学関数の偏微分を結びつけています。これらは熱力学を理解する上で非常に強力な道具となります。
定温での圧力変化とエントロピー
温度を一定に保ちながら圧力を変化させる定温過程でのエントロピー変化を求めましょう。
マクスウェルの関係式(∂S/∂P)_T = −(∂V/∂T)_Pを積分すると、
ΔS = −∫(∂V/∂T)_P dP
となります。
理想気体の場合、状態方程式PV = nRTから、
(∂V/∂T)_P = nR/P
です。これを代入すると、
ΔS = −∫(nR/P) dP = −nR ln(P₂/P₁)
つまり、
ΔS = nR ln(P₁/P₂)
となります。圧力が増加する(P₂ > P₁)とエントロピーは減少し、圧力が減少するとエントロピーは増加します。
これは直感的にも理解できます。圧力が上がると気体分子は狭い空間に押し込められ、とり得る配置が減るため、エントロピーは減少します。
理想気体のエントロピーと圧力
理想気体のエントロピーを温度と圧力で表す式は、熱力学で頻繁に使われます。
標準状態(温度T₀、圧力P₀)でのエントロピーをS₀とすると、温度T、圧力Pでのエントロピーは、
S(T,P) = S₀ + nCp ln(T/T₀) − nR ln(P/P₀)
と表されます。第1項は温度変化による寄与、第2項は圧力変化による寄与です。
この式から、エントロピーは次のような性質を持つことがわかります。
温度が上がるとエントロピーは増加(第1項が正)
圧力が上がるとエントロピーは減少(第2項が負)
| 変化 | エントロピーへの影響 | 理由 |
|---|---|---|
| 温度上昇 | 増加 | 分子の熱運動が激しくなる |
| 温度低下 | 減少 | 分子の熱運動が穏やかになる |
| 圧力上昇 | 減少 | 体積が減り配置が制限される |
| 圧力低下 | 増加 | 体積が増え配置の自由度が増す |
これらの関係を理解することで、化学平衡や相平衡の問題を解く際に役立ちます。
エントロピーと体積の関係式
続いては、エントロピーと体積の関係式について確認していきます。
体積変化に伴うエントロピー変化
体積の変化に伴うエントロピー変化を表す基本的な関係式を見ていきましょう。
熱力学の基本式から、定温での体積変化に対するエントロピーの変化率は、
(∂S/∂V)_T = (∂P/∂T)_V
というマクスウェルの関係式で表されます。
この式は、「定温での体積変化に対するエントロピーの変化率」が、「定積での温度変化に対する圧力の変化率」に等しいことを示しています。
理想気体の場合、状態方程式PV = nRTから、
(∂P/∂T)_V = nR/V
です。したがって、
(∂S/∂V)_T = nR/V
となります。これを積分すると、定温での体積変化に伴うエントロピー変化が求められます。
体積が増加すると、気体分子の動ける空間が広がり、とり得る配置の数が増えるため、エントロピーは増加します。
定温膨張でのエントロピー増加
温度を一定に保ちながら気体を膨張させる定温膨張は、エントロピーと体積の関係を理解する最良の例です。
理想気体の定温膨張では、(∂S/∂V)_T = nR/Vを積分して、
ΔS = ∫(nR/V) dV = nR ln(V₂/V₁)
となります。体積V₁からV₂への変化で、
ΔS = nR ln(V₂/V₁)
です。体積が2倍になると、ΔS = nR ln 2となります。
計算例:1 molの理想気体が300 Kで10 Lから20 Lに定温膨張する場合。気体定数R = 8.31 J/(mol·K)を使うと、
ΔS = 1 mol × 8.31 J/(mol·K) × ln(20/10)
= 8.31 × ln 2
= 8.31 × 0.693
= 5.76 J/K
体積が2倍になると、約5.76 J/Kのエントロピー増加があります。
体積増加:エントロピー増加
体積が2倍:ΔS = nR ln 2 ≈ 5.76n J/K
これは気体の自由膨張でも成り立つ
この関係は、気体の拡散や混合のエントロピー計算にも応用されます。
熱力学的関係式の総まとめ
エントロピーと温度、圧力、体積の関係をまとめて整理しましょう。
理想気体の場合、エントロピーは次の一般式で表されます。
S(T,V) = S₀ + nCv ln(T/T₀) + nR ln(V/V₀)
または、
S(T,P) = S₀ + nCp ln(T/T₀) − nR ln(P/P₀)
これらの式から、任意の状態変化でのエントロピー変化を計算できます。
| 過程 | 一定の変数 | エントロピー変化の式 |
|---|---|---|
| 定温過程 | 温度T | ΔS = nR ln(V₂/V₁) = −nR ln(P₂/P₁) |
| 定圧過程 | 圧力P | ΔS = nCp ln(T₂/T₁) |
| 定積過程 | 体積V | ΔS = nCv ln(T₂/T₁) |
| 断熱可逆過程 | エントロピーS | ΔS = 0 |
また、重要なマクスウェルの関係式をまとめると、
(∂S/∂V)_T = (∂P/∂T)_V
(∂S/∂P)_T = −(∂V/∂T)_P
(∂T/∂V)_S = −(∂P/∂S)_V
(∂T/∂P)_S = (∂V/∂S)_P
これら4つの関係式は、熱力学の様々な問題を解く強力な道具となります。
実際の計算では、これらの式を組み合わせて使います。例えば、複雑な経路での状態変化も、定温、定圧、定積の過程に分解して計算することで、全体のエントロピー変化を求められます。
まとめ
エントロピーと温度、時間、圧力、体積の関係式について詳しく解説してきました。
エントロピーと温度の基本関係はdS = dQ/Tで、定圧ではΔS = nCp ln(T₂/T₁)、定積ではΔS = nCv ln(T₂/T₁)という式でエントロピー変化を計算できます。温度上昇は常にエントロピーを増加させます。
時間との関係では、孤立系でdS/dt ≥ 0というエントロピー増大の法則が成り立ちます。エントロピーが増大する方向が時間の進む方向であり、これが時間の一方向性の根源です。
圧力との関係では、マクスウェルの関係式(∂S/∂P)_T = −(∂V/∂T)_Pが重要で、定温での圧力変化に対してΔS = −nR ln(P₂/P₁)という式が導かれます。圧力上昇はエントロピーを減少させます。
体積との関係では、(∂S/∂V)_T = (∂P/∂T)_Vという関係式があり、定温膨張ではΔS = nR ln(V₂/V₁)でエントロピー変化を計算できます。体積増加は常にエントロピーを増加させます。
これらの関係式を使いこなすことで、化学反応、相転移、気体の状態変化など、様々な熱力学過程のエントロピー変化を定量的に計算できます。熱力学の問題を解く際には、どの変数が一定かを確認し、適切な式を選ぶことが重要です。