化学や物理を学ぶ上で重要な概念の一つが拡散係数です。気体の混合、液体中の溶質の広がり、固体中の原子の移動など、拡散に関する現象を理解するためには、拡散係数の知識が欠かせません。
しかし、拡散係数とは何を表しているのか、どんな単位で表されるのか、どうやって計算するのか、わかりにくいと感じる方も多いのではないでしょうか。
実は、拡散係数は物質がどれだけ速く拡散するかを表す物理量であり、材料の拡散特性を知る上で非常に重要な指標です。
気体中の拡散係数は大きく、液体や固体中では小さくなります。
この記事では、拡散係数の基本的な定義から、単位や記号、公式、計算方法、そして気体、水などの液体、固体中の拡散係数一覧まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。
化学工学や材料科学を学ぶ方はぜひ最後までお読みください。
拡散係数とは?基本的な意味と定義
それではまず、拡散係数の基本的な意味と定義について解説していきます。
拡散係数の定義
拡散係数(かくさんけいすう、英語:diffusion coefficient)とは、物質がどれだけ速く拡散(広がる)するかを表す物理量です。
記号ではDで表されます。
拡散とは、濃度の高い場所から低い場所へ物質が移動する現象です。
例えば、コーヒーに砂糖を入れると、やがて全体に広がります。部屋に香水をつけると、やがて部屋全体に香りが広がります。これらが拡散現象です。
拡散係数が大きい物質ほど、速く拡散します。
逆に拡散係数が小さい物質は、ゆっくり拡散するということになります。
例えば、気体中での拡散係数は非常に大きく(約10⁻⁵ m²/s)、物質は速く広がります。一方、液体中での拡散係数は小さく(約10⁻⁹ m²/s)、物質はゆっくり広がります。
拡散係数は、化学反応の速度、材料の品質管理、薬物の体内動態など、様々な分野に欠かせない物理量です。
フィックの法則
拡散係数を理解するには、フィックの法則を知る必要があります。
フィックの第一法則は、拡散による物質の流れ(拡散フラックス)を表します。
・J:拡散フラックス(単位時間・単位面積あたりの物質量)[mol/(m²·s)]
・D:拡散係数 [m²/s]
・dC/dx:濃度勾配(距離に対する濃度の変化)[mol/m⁴]
この式が示すのは、「拡散フラックスは、拡散係数と濃度勾配の積に比例する」ということです。
マイナス記号は、物質が濃度の高い方から低い方へ移動することを表します。
フィックの第二法則は、時間とともに濃度がどう変化するかを表します。
・∂C/∂t:時間に対する濃度の変化
・∂²C/∂x²:濃度の二階微分
この法則により、時間経過に伴う物質の分布を予測できます。
拡散係数が表す物質の性質
拡散係数は、物質の拡散特性を表す重要な指標です。
拡散係数が大きい場合:
・物質が速く拡散する
・分子が自由に動ける
・気体中や高温での拡散
・例:気体中の拡散、高温での金属拡散
拡散係数が小さい場合:
・物質がゆっくり拡散する
・分子の動きが制限される
・液体中や固体中、低温での拡散
・例:水中の拡散、室温での固体拡散
拡散係数は、物質の状態(気体、液体、固体)や温度によって大きく変わります。
一般的な拡散係数の大きさの目安:
・気体中:10⁻⁵ m²/s 程度
・液体中:10⁻⁹ m²/s 程度
・固体中:10⁻¹⁴ 〜 10⁻²⁰ m²/s 程度
・拡散係数が大きい:速く拡散する(気体中)
・拡散係数が小さい:遅く拡散する(液体・固体中)
・拡散係数は温度が高いほど大きくなる
拡散係数の単位と記号
続いては、拡散係数を表す単位と記号について確認していきます。
拡散係数の単位(m²/s)
拡散係数の単位は、SI単位系ではm²/s(平方メートル毎秒)です。
これは、フィックの第一法則J = -D(dC/dx)から導かれます。
・Jの単位:mol/(m²·s)
・dC/dxの単位:mol/m⁴
したがって、
= m²/s
他にもよく使われる単位として、
・cm²/s(平方センチメートル毎秒)
・mm²/s(平方ミリメートル毎秒)
があります。
単位の換算:
拡散係数の典型的な値:
・気体中:D ≈ 10⁻⁵ m²/s = 10⁻¹ cm²/s
・液体中:D ≈ 10⁻⁹ m²/s = 10⁻⁵ cm²/s
・固体中:D ≈ 10⁻¹⁴ m²/s = 10⁻¹⁰ cm²/s
温度依存性
拡散係数は温度に強く依存します。
一般的に、温度が高いほど拡散係数は大きくなります。
これは、温度が高いほど分子や原子の運動エネルギーが大きくなり、より活発に動くためです。
温度依存性の関係:
・温度が10℃上昇すると、拡散係数は約1.2〜2倍になる(物質による)
・高温になるほど拡散が速くなる
・低温では拡散がほとんど起こらない
アレニウス型の温度依存性
多くの物質の拡散係数は、アレニウス式で表されます。
・D:拡散係数 [m²/s]
・D₀:頻度因子(定数)[m²/s]
・Q:活性化エネルギー [J/mol]
・R:気体定数 = 8.314 J/(mol·K)
・T:絶対温度 [K]
この式は、拡散係数が温度の指数関数的に増加することを示しています。
対数を取ると、
この式から、ln(D)と1/Tのグラフを描くと直線になり、傾きから活性化エネルギーQを求めることができます。
ln(1.0/5.0) = -Q/8.314 × (1/300 – 1/400)
ln(0.2) = -Q/8.314 × (1/300 – 1/400)
-1.609 = -Q/8.314 × (8.33 × 10⁻⁴)
Q ≈ 16,100 J/mol ≈ 16.1 kJ/mol
活性化エネルギーは約16.1 kJ/molです。
| 記号 | 名称 | 単位 |
|---|---|---|
| D | 拡散係数 | m²/s |
| D₀ | 頻度因子 | m²/s |
| Q | 活性化エネルギー | J/mol |
これらの関係を理解することが、拡散現象の理解の基礎となります。
拡散係数の求め方と公式
続いては、拡散係数を実際に求める方法を見ていきます。
基本的な計算式
拡散係数Dの基本的な求め方は、フィックの第一法則を使います。
拡散フラックスJと濃度勾配dC/dxを測定できれば、拡散係数を計算できます。
= -[2.0 × 10⁻⁶] / [-1.0 × 10³]
= 2.0 × 10⁻⁹ m²/s
拡散係数は2.0 × 10⁻⁹ m²/sです。これは液体中での拡散の典型的な値です。
フィックの第一法則・第二法則を使った計算
フィックの第二法則を使って、時間変化を計算できます。
特定の境界条件のもとで、解析解が得られます。
C(x,t) = C₀ erfc(x/√(4Dt))
ここで、erfcは相補誤差関数。
x = 1 mmの位置で、t = 3600秒後に表面濃度の50%になるとき、拡散係数は?
C/C₀ = 0.5 = erfc(x/√(4Dt))
erfc関数の表から、erfc(z) = 0.5 となるのは z ≈ 0.477
0.477 = x/√(4Dt) = (1 × 10⁻³)/√(4D × 3600)
√(4D × 3600) = (1 × 10⁻³)/0.477
4D × 3600 = [(1 × 10⁻³)/0.477]²
D = [(1 × 10⁻³)/0.477]² / (4 × 3600)
D ≈ 3.0 × 10⁻¹⁰ m²/s
拡散係数は約3.0 × 10⁻¹⁰ m²/sです。
具体的な計算例
実際的な問題での計算例を見ていきましょう。
拡散の特性時間は、
t ≈ L²/D
= (0.1)² / (2.0 × 10⁻⁵)
= 0.01 / (2.0 × 10⁻⁵)
= 500秒
≈ 8.3分
約8分で10 cm拡散します。
t ≈ L²/D
= (1 × 10⁻³)² / (1.0 × 10⁻⁹)
= 1 × 10⁻⁶ / 1.0 × 10⁻⁹
= 1000秒
≈ 16.7分
約17分で1 mm拡散します。気体に比べてはるかに遅いことがわかります。
D(T₂)/D(T₁) = exp[-Q/R × (1/T₂ – 1/T₁)]
D(400)/D(300) = exp[-(20000/8.314) × (1/400 – 1/300)]
= exp[-2405 × (-8.33 × 10⁻⁴)]
= exp[2.00]
≈ 7.4
D(400) = 7.4 × 2.0 × 10⁻⁹
= 1.48 × 10⁻⁸ m²/s
400 Kでの拡散係数は約1.48 × 10⁻⁸ m²/sです。温度が上がると拡散係数は大きく増加します。
・D = -J/(dC/dx)(定義式)
・∂C/∂t = D(∂²C/∂x²)(フィックの第二法則)
・t ≈ L²/D(拡散の特性時間)
・D = D₀ exp(-Q/RT)(温度依存性)
これらの式を使いこなせれば、様々な拡散の問題を解けます。
様々な物質の拡散係数一覧
続いては、代表的な物質の拡散係数を確認していきます。
気体中の拡散係数
気体中での拡散係数は比較的大きく、10⁻⁵ m²/s程度です。
空気中(25℃、1気圧):
・水蒸気:D ≈ 2.6 × 10⁻⁵ m²/s
・二酸化炭素:D ≈ 1.6 × 10⁻⁵ m²/s
・酸素:D ≈ 2.1 × 10⁻⁵ m²/s
・窒素:D ≈ 2.0 × 10⁻⁵ m²/s
・水素:D ≈ 7.6 × 10⁻⁵ m²/s
・ヘリウム:D ≈ 7.0 × 10⁻⁵ m²/s
水素ガス中(25℃):
・酸素:D ≈ 8.3 × 10⁻⁵ m²/s
・水蒸気:D ≈ 9.2 × 10⁻⁵ m²/s
気体中の拡散係数は、分子量が小さいほど大きくなります。水素やヘリウムの拡散係数が特に大きいのはこのためです。
液体(水など)中の拡散係数
液体中での拡散係数は気体中よりはるかに小さく、10⁻⁹ m²/s程度です。
水中(25℃):
・酸素:D ≈ 2.1 × 10⁻⁹ m²/s
・二酸化炭素:D ≈ 1.9 × 10⁻⁹ m²/s
・窒素:D ≈ 1.9 × 10⁻⁹ m²/s
・水素:D ≈ 4.5 × 10⁻⁹ m²/s
・塩化ナトリウム:D ≈ 1.5 × 10⁻⁹ m²/s
・グルコース:D ≈ 6.7 × 10⁻¹⁰ m²/s
・ショ糖:D ≈ 5.2 × 10⁻¹⁰ m²/s
・エタノール:D ≈ 1.2 × 10⁻⁹ m²/s
・尿素:D ≈ 1.4 × 10⁻⁹ m²/s
・グリシン(アミノ酸):D ≈ 1.1 × 10⁻⁹ m²/s
タンパク質(水中、25℃):
・ヘモグロビン:D ≈ 6.9 × 10⁻¹¹ m²/s
・アルブミン:D ≈ 6.1 × 10⁻¹¹ m²/s
・ミオグロビン:D ≈ 1.1 × 10⁻¹⁰ m²/s
大きな分子ほど拡散係数は小さくなります。
有機溶媒中:
・ヨウ素(エタノール中):D ≈ 1.2 × 10⁻⁹ m²/s
・ヨウ素(ヘキサン中):D ≈ 4.1 × 10⁻⁹ m²/s
溶媒の粘度が低いほど、拡散係数は大きくなります。
固体中の拡散係数
固体中での拡散係数は極めて小さく、10⁻¹⁴ 〜 10⁻²⁰ m²/s程度です。
金属中(室温〜高温):
・鉄中の炭素(900℃):D ≈ 1.0 × 10⁻¹¹ m²/s
・鉄中の炭素(室温):D ≈ 10⁻²⁰ m²/s(非常に遅い)
・銅中の銅(500℃):D ≈ 10⁻¹⁶ m²/s
・銅中の銅(1000℃):D ≈ 10⁻¹³ m²/s
・アルミニウム中のアルミニウム(500℃):D ≈ 10⁻¹³ m²/s
セラミックス中:
・酸化物中の酸素(高温):D ≈ 10⁻¹⁵ 〜 10⁻¹⁰ m²/s
半導体中:
・シリコン中のホウ素(1000℃):D ≈ 10⁻¹⁵ m²/s
・シリコン中のリン(1000℃):D ≈ 3 × 10⁻¹⁵ m²/s
高分子中:
・ポリマー中の小分子:D ≈ 10⁻¹² 〜 10⁻⁸ m²/s
固体中の拡散は温度に非常に敏感で、室温では実質的にほとんど起こりません。
高温になると拡散係数は劇的に増加します。
| 媒質 | 物質 | 拡散係数D [m²/s] |
|---|---|---|
| 空気中(25℃) | 水蒸気 | 2.6 × 10⁻⁵ |
| 空気中(25℃) | 二酸化炭素 | 1.6 × 10⁻⁵ |
| 空気中(25℃) | 水素 | 7.6 × 10⁻⁵ |
| 水中(25℃) | 酸素 | 2.1 × 10⁻⁹ |
| 水中(25℃) | 食塩 | 1.5 × 10⁻⁹ |
| 水中(25℃) | グルコース | 6.7 × 10⁻¹⁰ |
| 水中(25℃) | ヘモグロビン | 6.9 × 10⁻¹¹ |
| 鉄中(900℃) | 炭素 | 1.0 × 10⁻¹¹ |
| シリコン中(1000℃) | ホウ素 | 10⁻¹⁵ |
拡散係数は、気体 > 液体 > 固体の順で小さくなります。
また、温度が高いほど、分子量が小さいほど、粘度が低いほど、拡散係数は大きくなります。
まとめ 拡散係数の求め方や一覧や公式は?【水など】
拡散係数について、基本的な定義から単位、公式、計算方法、様々な物質の拡散係数まで詳しく解説してきました。
拡散係数Dは、物質がどれだけ速く拡散するかを表す物理量で、フィックの第一法則J = -D(dC/dx)で定義されます。
単位はm²/s(平方メートル毎秒)です。
拡散係数は温度に強く依存し、アレニウス式D = D₀ exp(-Q/RT)で表されます。
温度が高いほど拡散係数は大きくなります。
拡散係数の求め方は、D = -J/(dC/dx)という定義式から計算するか、フィックの第二法則を使います。
また、拡散の特性時間t ≈ L²/Dという関係も有用です。
物質の拡散係数は、気体中(D ≈ 10⁻⁵ m²/s)が最も大きく、液体中(水など、D ≈ 10⁻⁹ m²/s)、固体中(D ≈ 10⁻¹⁴ 〜 10⁻²⁰ m²/s)の順で小さくなります。
化学反応工学、材料科学、環境工学、生物工学など、多くの分野で拡散係数の知識が不可欠です。
この記事で学んだ知識を使って、拡散現象の理解を深めてください。