ステンレスとスチールは、キッチン用品、建築材料、自動車部品など、私たちの身の回りで広く使用されている金属素材です。ステンレス製のシンクや鍋、スチール製の工具や家具など、日常生活で目にする機会は非常に多くあります。
「ステンレスは錆びない」と思っている方も多いかもしれませんが、実際には条件によって錆びることがあります。一方、スチールは錆びやすい素材として知られていますが、適切な処理を施せば錆びを防ぐことができます。特に、塩素やアルカリなどの化学物質が錆びの原因となることがあり、注意が必要です。
本記事では、ステンレスとスチールの基本的な違いから、それぞれが錆びる条件や原因、塩素やアルカリの影響、そして効果的な防錆対策まで、詳しく解説します。金属製品を長く美しく使いたい方は、ぜひ最後までお読みください。
ステンレスとスチールとは何か
それではまず、ステンレスとスチールについて解説していきます。
ステンレスの成分と種類
ステンレス(stainless steel)とは、鉄にクロムを10.5%以上添加した合金
で、「錆びにくい鋼」という意味です。正式には「ステンレス鋼」と呼ばれます。
・鉄(Fe):主成分
・クロム(Cr):10.5%以上(必須)
・ニッケル(Ni):種類により0〜25%
・その他:モリブデン、マンガン、炭素など
ステンレスには用途に応じて多くの種類があります。
| 種類 | 代表的な規格 | 特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| オーステナイト系 | SUS304、SUS316 | 耐食性優れる、磁性なし | キッチン、医療器具 |
| フェライト系 | SUS430 | 安価、磁性あり | 建材、家電 |
| マルテンサイト系 | SUS420 | 硬い、刃物向き | 刃物、工具 |
最も一般的なのはSUS304(18-8ステンレス)
で、家庭用品から工業製品まで幅広く使用されています。
スチールの成分と種類
スチール(steel)とは、鉄に炭素を0.02〜2.1%程度加えた合金
のことで、日本語では「鋼(はがね)」または「鉄鋼」と呼ばれます。
・鉄(Fe):主成分(98%以上)
・炭素(C):0.02〜2.1%
・その他:マンガン、ケイ素、リンなど微量元素
スチールは炭素含有量によって分類されます。
低炭素鋼(軟鋼):
・炭素含有量0.02〜0.3%
・柔らかく加工しやすい
・自動車ボディ、建材
中炭素鋼:
・炭素含有量0.3〜0.6%
・強度と靭性のバランス
・機械部品、軸
高炭素鋼:
・炭素含有量0.6〜2.1%
・非常に硬い
・刃物、工具、バネ
スチールは安価で強度が高いため、世界で最も大量に使用される金属材料
です。
両者の基本的な違い
ステンレスとスチールの最も重要な違いは、クロムの含有量です。
| 項目 | ステンレス | スチール |
|---|---|---|
| クロム含有量 | 10.5%以上 | ほぼゼロ |
| 耐食性 | 優れる | 低い |
| 錆びやすさ | 錆びにくい | 錆びやすい |
| 価格 | 高い | 安い |
| 加工性 | やや難しい | 良好 |
ステンレスは錆びるのか
続いては、ステンレスは錆びるのかを確認していきます。
ステンレスが錆びにくい理由
ステンレスは「錆びない」のではなく、「非常に錆びにくい」金属
です。その理由は、表面に形成される不動態皮膜にあります。
1. クロムの作用
クロムが空気中の酸素と反応
2. 不動態皮膜の形成
表面に酸化クロム(Cr₂O₃)の薄い皮膜ができる
3. 保護機能
この皮膜が鉄の酸化を防ぐ
4. 自己修復性
傷がついても瞬時に再形成される
この不動態皮膜は厚さ数ナノメートルと非常に薄いですが、強力なバリア機能により鉄を錆から守ります。
不動態皮膜のメカニズム
ステンレスの耐食性の秘密は、不動態皮膜の優れた性質にあります。
1. 緻密性
非常に緻密な構造で、酸素や水分を通しにくい
2. 安定性
化学的に安定しており、簡単には破壊されない
3. 自己修復性
傷がついても酸素があればすぐに再形成される
4. 透明性
薄い皮膜なので、金属光沢を損なわない
この不動態皮膜により、ステンレスは大気中、水中、多くの化学薬品中でも錆びずに使用できます。
ステンレスが錆びる条件
しかし、ステンレスでも以下の条件では錆びることがあります。
1. 塩素イオン環境
塩化物イオンが不動態皮膜を破壊する(孔食)
2. もらい錆び
鉄製品の錆がステンレスに付着する
3. 酸素不足の環境
隙間などで酸素供給が不足すると不動態皮膜が維持できない(隙間腐食)
4. 強酸・強アルカリ
濃硫酸や濃塩酸、強アルカリ溶液は不動態皮膜を侵す
5. 異種金属との接触
電気化学的腐食(ガルバニック腐食)が起こる
6. 表面の汚れ・傷
不動態皮膜が破壊され再形成されない環境
特に海岸地域や塩化物を含む環境では、ステンレスでも錆びることがあります。
この場合、より耐食性の高いSUS316(モリブデン添加)の使用が推奨されます。
スチールは錆びるのか
続いては、スチールは錆びるのかを確認していきます。
スチールが錆びやすい理由
スチール(普通鋼)は非常に錆びやすい金属
です。クロムを含まないため、不動態皮膜が形成されず、鉄が直接酸素や水分と反応してしまいます。
1. 保護皮膜がない
クロムがないため、不動態皮膜が形成されない
2. 鉄のイオン化傾向
鉄は比較的イオン化傾向が大きく、酸化されやすい
3. 錆の構造
生成される酸化鉄(錆)は疎で、内部を保護できない
4. 連鎖反応
一度錆びると、その部分から内部へ腐食が進行する
赤錆の発生メカニズム
スチールに発生する赤錆は、鉄の酸化によって生じます。
1. 水と酸素の接触
スチール表面に水分と酸素が付着
2. 電気化学反応
鉄がイオン化し、電子を放出
Fe → Fe²⁺ + 2e⁻
3. 酸化鉄の生成
Fe²⁺ + H₂O + O₂ → Fe₂O₃(赤錆)
4. 腐食の進行
疎な錆は保護機能がなく、内部へ腐食が進む
スチールの防錆対策
スチールを錆から守るには、表面処理が不可欠です。
1. 塗装
塗料で表面を覆い、水分や酸素を遮断
2. メッキ
亜鉛メッキ(トタン)、スズメッキ(ブリキ)、クロムメッキなど
3. 防錆油・グリース
一時的な保護として油膜を形成
4. ステンレスへの材質変更
根本的な解決として、ステンレスを使用
5. 化成処理
リン酸塩処理などで薄い保護皮膜を形成
自動車や建材では、複数の防錆処理を組み合わせて使用
することで、長期間の耐久性を実現しています。
塩素による錆びの原因
続いては、塩素による錆びの原因を確認していきます。
塩素がステンレスに与える影響
塩素イオン(Cl⁻)は、ステンレスの不動態皮膜を破壊する強力な腐食因子
です。
1. 塩素イオンの吸着
不動態皮膜の弱い部分に塩素イオンが吸着
2. 皮膜の局部破壊
塩素イオンが酸化クロム皮膜を破壊
3. 孔食の発生
局部的に深い穴状の腐食が進行
4. 腐食の加速
一度破壊されると、その部分で急速に腐食が進む
塩素を含む環境の例:
・海水・海岸地域(塩化ナトリウム)
・プール(次亜塩素酸塩)
・漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)
・融雪剤(塩化カルシウム)
・食塩水
・温泉(塩化物泉)
塩素がスチールに与える影響
スチールに対しても、塩素は腐食を大幅に促進します。
塩素イオンは、スチールの錆びを数倍から数十倍加速します。海岸地域でスチール製品が急速に錆びるのは、このためです。
1. 電解質の形成
塩水が電解質となり、電気化学反応を促進
2. 錆の加速
通常より遥かに速く赤錆が発生
3. 広範囲への拡大
塩分が水分を吸収し、錆びの範囲が広がる
塩素による錆びを防ぐ方法
塩素環境での錆びを防ぐには、適切な材質選択と対策が必要です。
ステンレスの場合:
・SUS316など耐塩素性の高い材質を選ぶ
・定期的に真水で洗浄
・表面を常に清潔に保つ
スチールの場合:
・厚い塗装やメッキ処理
・防錆油の定期的な塗布
・材質をステンレスに変更
・使用後の水洗いと乾燥
プールや海で使用する製品は、使用後必ず真水で洗い流すことが重要
です。
アルカリによる錆びの原因
続いては、アルカリによる錆びの原因を確認していきます。
アルカリ環境での腐食
アルカリ性の環境も、金属の腐食を引き起こすことがあります。
・水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)
・水酸化カリウム
・石灰(水酸化カルシウム)
・アルカリ性洗剤
・コンクリート(pH 12〜13)
・セメント
アルカリ環境では、金属表面の保護皮膜が溶解し、腐食が進行します。
ステンレスとアルカリの関係
ステンレスは、中程度のアルカリ環境には比較的強い耐性を持っています。
弱アルカリ(pH 8〜10):
・ほぼ影響なし
・長期使用可能
中程度のアルカリ(pH 10〜13):
・緩やかに腐食
・定期的な洗浄で使用可能
強アルカリ(pH 13以上):
・不動態皮膜が破壊される
・腐食が進行
・高温では特に注意
スチールとアルカリの関係
スチールは、アルカリ環境では比較的安定しています。
実は、スチールはアルカリ性環境では錆びにくいという特性があります。これは、アルカリ環境で鉄の表面に保護性の酸化皮膜が形成されるためです。
pH 11〜13程度のアルカリ環境:
・比較的安定
・錆びにくい
・鉄筋コンクリートの原理
pH 14近くの強アルカリ:
・腐食が進行
・特に高温では注意
鉄筋コンクリートが長持ちする理由の一つは、コンクリートの高アルカリ環境(pH 12〜13)により、内部の鉄筋が保護されているためです。
その他の錆びの原因と対策
続いては、その他の錆びの原因と対策を確認していきます。
酸による腐食
酸性環境は、ステンレスとスチール両方に対して腐食性があります。
塩酸・硫酸(濃厚):
・不動態皮膜を破壊
・急速に腐食
硝酸(希薄):
・不動態皮膜を強化
・耐食性向上
有機酸:
・比較的安定
・長期接触は避ける
あらゆる酸:
・急速に腐食
・水素ガスが発生
・使用不可
酸性環境では、ステンレスもスチールも基本的に使用を避けるべき
ですが、ステンレスの方がやや耐性があります。
もらい錆びとは
もらい錆びは、他の金属から錆が移る現象です。
ステンレス製品に鉄粉や鉄製品が接触すると、その部分の鉄が錆び、ステンレス表面に錆が付着します。ステンレス自体は錆びていませんが、表面に鉄の錆が付着した状態になります。
1. 鉄製品との接触を避ける
2. 鉄製工具で加工しない
3. 定期的な清掃
4. 発見したら早めに除去
5. クレンザーで磨いて除去可能
隙間腐食や孔食について
ステンレスに特有の腐食形態として、隙間腐食と孔食があります。
発生場所:
・ボルトの締結部
・重なり部分
・パッキンとの接触部
原因:
・隙間内で酸素が不足
・不動態皮膜が維持できない
・局部的に腐食が進行
対策:
・隙間を作らない設計
・シール材の選定
・定期的な分解清掃
特徴:
・小さな穴状の腐食
・表面から深く進行
・内部で拡大
原因:
・塩素イオン
・表面の傷や汚れ
・不動態皮膜の局部破壊
対策:
・SUS316など高耐食材の使用
・表面を清潔に保つ
・定期的な洗浄
隙間腐食や孔食は外見からは分かりにくく、発見が遅れると深刻なダメージ
になります。定期的な点検が重要です。
まとめ|錆びる原因・塩素やアルカリの影響
本記事では、ステンレスとスチールが錆びるのか錆びないのか、その原因や塩素・アルカリの影響について詳しく解説しました。
ステンレスは不動態皮膜により錆びにくい金属ですが、完全に錆びないわけではありません。塩素イオンは不動態皮膜を破壊して孔食を引き起こし、強酸や強アルカリも皮膜を侵します。また、もらい錆びや隙間腐食にも注意が必要です。一方、スチールは保護皮膜がないため非常に錆びやすく、塗装やメッキなどの表面処理が不可欠です。
塩素は両者にとって強力な腐食因子であり、特に海岸地域やプール、漂白剤の使用環境では注意が必要です。アルカリに対しては、ステンレスは中程度まで耐性があり、スチールは意外にもアルカリ環境で安定します。
適切な材質選択と定期的なメンテナンスにより、ステンレスもスチールも長期間使用できます。使用環境に応じて最適な材質を選び、塩素や酸性物質との接触後は必ず洗浄することで、錆びを効果的に防ぐことができます。