空調設備の設計、ボイラーの熱収支、蒸気配管の運用では、空気や水蒸気が持つ熱量を正しく把握する必要があります。
そこで基礎となる物理量が比エンタルピーです。
比エンタルピーは温度だけで決まる値ではなく、圧力、湿度、相変化なども関係するため、計算式の使い分けが大切になります。
この記事では、乾き空気、湿り空気、水、飽和蒸気を対象に、熱量計算で役立つ比エンタルピーの基本式と読み取り方をわかりやすく解説します。
比エンタルピーの計算式と熱量の基本

それではまず比エンタルピーの計算式と、熱量を求める際の考え方について解説していきます。
比エンタルピーが表すエネルギー
エンタルピーとは、物質が持つ内部エネルギーに、圧力と体積に関する仕事のエネルギーを加えた状態量です。
単位質量当たりで表したものを比エンタルピーと呼び、通常はkJ/kgで扱います。
記号は一般にhを用います。
流体が配管内を流れる場合、流体を押し出すためのエネルギーも必要になるため、内部エネルギーだけでは熱の収支を十分に説明できません。
この点を含めて整理できる量がエンタルピーです。
加熱器、冷却器、蒸発器、凝縮器、熱交換器では、入口と出口の比エンタルピー差を使うことで、移動した熱量を計算できます。
比エンタルピーの基本式
h = u + pv
hは比エンタルピー、uは比内部エネルギー、pは圧力、vは比体積を表します。
液体や固体では比体積が小さいため、pvの影響は比較的小さくなります。
一方で気体や蒸気は体積変化が大きく、圧力仕事も無視しにくいため、エンタルピーで考える意義が大きくなります。
比エンタルピーは物質の種類と状態を示す値であり、同じ温度でも圧力や湿り具合が変われば値も変化します。
熱量への換算方法
比エンタルピーから熱量を求めるときは、質量または質量流量を掛け合わせます。
加熱や冷却による熱量は、基本的に入口と出口の比エンタルピー差で求められます。
熱量の計算式
Q = m × Δh
連続運転時の熱量率
Q = ṁ × Δh
mは質量、ṁは質量流量、Δhは入口と出口の比エンタルピー差です。
たとえば1時間に500kgの水を加熱し、比エンタルピーが80kJ/kgから290kJ/kgになったとします。
この場合の必要熱量は、500kgに210kJ/kgを掛けた105000kJとなります。
実際の設備では、配管からの放熱、機器の熱損失、運転効率も考慮する必要があります。
ただし熱収支の骨格は、質量にエンタルピー差を掛けるという考え方です。
基準状態と数値の扱い
エンタルピーは絶対値よりも差を用いることが多いため、どこをゼロとするかは計算体系によって異なります。
水蒸気表では基準温度を定めて数値が整理されており、空気線図でも一定の基準状態に対するエンタルピーが示されています。
重要なのは、同じ資料や同じ基準系の値を入口と出口でそろえることです。
異なる表やソフトウェアの数値を混在させると、基準状態の違いによって誤差が生じる場合があります。
現場の熱量計算では、温度、圧力、湿度、流量、状態区分を記録し、参照した物性表も残しておくと確認しやすくなります。
空気の比エンタルピーと湿り空気線図
続いては空気の比エンタルピーと、湿り空気線図での読み取り方を確認していきます。
乾き空気の比エンタルピー
乾き空気とは、水蒸気を含まない空気として近似した状態です。
空調計算では、乾き空気の定圧比熱を約1.005kJ/kgKとして扱うことが一般的です。
基準温度からの温度上昇だけを考えるなら、乾き空気の比エンタルピーは次のように近似できます。
乾き空気の比エンタルピーの近似式
h = 1.005t
tは空気温度を摂氏で表し、hの単位は乾き空気1kg当たりのkJです。
たとえば20℃の乾き空気であれば、比エンタルピーはおよそ20.1kJ/kgとなります。
ただし実際の大気には水蒸気が含まれるため、空調や除湿の計算で乾き空気だけの式を使うと、潜熱分が抜け落ちます。
そのため空調負荷を扱う場合は、湿り空気としての比エンタルピーを使用することが基本です。
湿り空気の計算式
湿り空気は、乾き空気と水蒸気の混合気体です。
湿り空気の比エンタルピーは、乾き空気の顕熱と、水蒸気の蒸発潜熱および顕熱を合計して求めます。
空調分野でよく使われる近似式は次のとおりです。
湿り空気の比エンタルピーの近似式
h = 1.005t + x × 2500 + 1.88t
まとめた形では h = 1.005t + x × 2500 + 1.88t
実務上は h = 1.005t + x × 2500 + 1.88t として、水蒸気項のxに掛かる部分を計算します。
xは絶対湿度で、乾き空気1kg当たりの水蒸気量をkgで表します。
式の表記を整理すると、一般的にはh = 1.005t + x × 2500 + 1.88tの形で、水蒸気の温度分を含めて計算します。
より読みやすく書けば、h = 1.005t + x × 2500 + 1.88tとなります。
ここで大切なのは、水蒸気量xが少し増えるだけでも、2500kJ/kg前後の蒸発潜熱が関係するため、エンタルピーが大きく変化する点です。
夏季の外気処理では、温度が低下していても除湿量が多ければ、空調機が処理する熱量は大きくなります。
空気線図で確認する項目
湿り空気線図は、乾球温度、湿球温度、相対湿度、絶対湿度、露点温度、比体積、比エンタルピーの関係を一枚で確認できる図です。
空気の状態点を特定すれば、比エンタルピーを線図から読み取れます。
空気線図では、室内空気と外気の状態点を比べることで、冷房負荷や暖房負荷の概算が可能です。
冷却コイルを通過する空気は、温度低下だけでなく水蒸気の凝縮を伴う場合があります。
このときのエンタルピー差には、冷却に必要な顕熱と除湿に必要な潜熱の両方が含まれます。
温度差だけでは空調負荷を判断しにくい理由は、湿度変化が熱量に大きく影響するためです。
空調負荷の計算では、乾球温度だけでなく、相対湿度または絶対湿度を必ず確認します。
湿度条件がない場合は、比エンタルピー差を正確に定められないことがあります。
水の比エンタルピー計算と温度差
続いては水の比エンタルピー計算と、温度差から熱量を求める方法を確認していきます。
水の定圧比熱による近似
液体の水は、常温付近では定圧比熱を約4.19kJ/kgKとして計算できます。
この値は、水1kgの温度を1K上昇させるために必要な熱量を示します。
温度範囲が極端に広くない場合、水の比エンタルピー差は比熱と温度差の積で近似できます。
水の比エンタルピー差の近似式
Δh = 4.19 × Δt
Δtは水の入口温度と出口温度の差です。
10℃の水を60℃まで加熱する場合、温度差は50Kです。
比エンタルピー差は、およそ209.5kJ/kgとなります。
水100kgをこの条件で加熱するなら、必要熱量は約20950kJです。
給湯設備、温水暖房、冷却水循環、食品加熱などでは、この計算が基礎になります。
水の熱量は流量と温度差の積で大きく変わるため、流量測定の精度も重要です。
水の状態表を使う場面
高温高圧の水、飽和温度付近の水、ボイラー給水のような条件では、定圧比熱を一定とみなす近似だけでは精度が不足することがあります。
このような場合は、水蒸気表や物性計算ソフトを使い、温度と圧力に対応した比エンタルピーを調べます。
圧力が上がると沸点が変化するため、加熱途中で相変化が起こるかどうかの判定にも圧力条件が必要です。
飽和状態に近い水では、わずかな温度や圧力の変化で状態が大きく変わることがあります。
設備設計では、単なる温度差計算ではなく、液体水か飽和水かを区別することが欠かせません。
流量から求める熱交換量
熱交換器を流れる水の熱量率は、質量流量と比エンタルピー差の積で算出します。
水の密度を約1000kg/m3として近似すれば、体積流量から質量流量への換算も行えます。
たとえば毎分20Lの水が10K冷却されるとします。
毎分20Lはおよそ20kgであり、1分間の熱量は20kgに4.19kJ/kgKと10Kを掛けた約838kJです。
これを1時間当たりに換算すると、約30168kJ/hとなります。
| 対象 | 流量 | 温度差 | 概算熱量率 |
|---|---|---|---|
| 冷却水 | 20L/分 | 10K | 約838kJ/分 |
| 温水 | 50L/分 | 5K | 約1048kJ/分 |
| 給湯水 | 10L/分 | 30K | 約1257kJ/分 |
実際には水温による密度変化や、配管に蓄えられる熱、流量計の誤差も影響します。
それでも運転管理の一次評価では、比熱、流量、温度差を使う方法が非常に有効です。
蒸気の比エンタルピーと潜熱
続いては蒸気の比エンタルピーと、蒸発潜熱を含む熱量計算を確認していきます。
飽和水と飽和蒸気の違い
水を一定圧力で加熱すると、沸点に達するまでは液体の温度が上昇します。
沸点に到達した液体を飽和水と呼びます。
さらに熱を加えると、温度をほとんど変えずに水は蒸気へ相変化します。
このときに必要な熱が蒸発潜熱です。
蒸発し切った状態の蒸気を乾き飽和蒸気と呼びます。
飽和水の比エンタルピーをhf、乾き飽和蒸気の比エンタルピーをhg、その差をhfgで表すことがあります。
hfgは蒸発に必要な潜熱を示し、蒸気利用設備の能力計算で重要な値です。
| 状態 | 特徴 | 主な確認項目 |
|---|---|---|
| 圧縮水 | 沸点より低い液体水 | 温度と圧力 |
| 飽和水 | 沸騰直前の水 | 飽和温度とhf |
| 湿り蒸気 | 水滴と蒸気が混在 | 乾き度と圧力 |
| 乾き飽和蒸気 | 水滴を含まない飽和蒸気 | hgと圧力 |
| 過熱蒸気 | 飽和温度より高温の蒸気 | 温度と圧力 |
湿り蒸気の乾き度計算
湿り蒸気には、蒸気になり切っていない液体の水滴が含まれています。
蒸気の質を表す指標が乾き度です。
乾き度xは、湿り蒸気全体に占める乾き飽和蒸気の質量割合を示します。
乾き度が1なら乾き飽和蒸気、0.9なら質量の90パーセントが蒸気成分である状態です。
湿り蒸気の比エンタルピー計算式
h = hf + x × hfg
hfは飽和水の比エンタルピー、xは乾き度、hfgは蒸発潜熱です。
たとえば蒸発潜熱が2000kJ/kg、飽和水の比エンタルピーが700kJ/kg、乾き度が0.95であれば、湿り蒸気の比エンタルピーは2600kJ/kgとなります。
蒸気トラップの不具合、保温不足、配管内の圧力低下があると、乾き度が低下する場合があります。
乾き度が下がると、同じ質量流量でも利用できる潜熱が減るため、加熱能力の低下につながります。
過熱蒸気の熱量計算
乾き飽和蒸気にさらに熱を加え、飽和温度より高い温度になったものが過熱蒸気です。
過熱蒸気では、圧力と温度の両方から状態を決める必要があります。
過熱蒸気の比エンタルピーは、過熱蒸気表から読み取る方法が最も確実です。
近似的には、乾き飽和蒸気の比エンタルピーに、蒸気の定圧比熱と過熱度を掛けた値を加えます。
ただし高温高圧域では比熱が一定ではないため、精密な設計計算では物性表を用いるべきでしょう。
蒸気の熱量計算では、圧力だけで状態を断定しないことが重要です。
飽和蒸気か、湿り蒸気か、過熱蒸気かによって、比エンタルピーの求め方が変わります。
比エンタルピー計算に必要な単位と測定値
続いては比エンタルピー計算に必要な単位と、測定時に押さえたい項目を確認していきます。
温度と圧力の単位
温度は摂氏で表示されることが多い一方、熱力学の計算では絶対温度のケルビンを使う場面があります。
温度差については、1℃の差と1Kの差は同じ大きさです。
圧力では、MPa、kPa、bar、kgf/cm2などが混在しやすいため注意が必要です。
特に蒸気表の圧力が絶対圧かゲージ圧かを確認しないと、飽和温度や比エンタルピーを誤って選ぶおそれがあります。
ゲージ圧には大気圧が含まれていないため、物性表を使う前に圧力の種類を確認しましょう。
質量流量と体積流量の換算
熱量率を求めるには、kg/hやkg/sといった質量流量が必要です。
水のように密度変化が小さい流体では、L/minやm3/hから比較的簡単に換算できます。
一方、空気や蒸気は圧力と温度によって密度が大きく変化します。
気体の体積流量を質量流量へ換算するときは、標準状態の流量か、実際の運転状態での流量かを区別しなければなりません。
送風機の風量、蒸気流量計の表示条件、流量補正の有無を確認することが、熱量計算の信頼性につながります。
測定誤差と計算精度
比エンタルピーそのものを直接測定する機会は多くありません。
通常は温度、圧力、湿度、流量を測定し、その値から物性表や計算式を使って求めます。
そのため、各測定値の誤差が最終的な熱量計算に重なります。
温度センサーの設置位置が悪いと、配管壁の温度や外気の影響を受けることがあります。
湿度センサーは結露、粉じん、経年劣化による誤差にも注意が必要です。
エネルギー管理で使う場合は、単発の数値だけで判断せず、同じ条件で継続的に測定し、変化の傾向を見る方法が有効です。
計算式が正しくても、入力する温度、圧力、流量の条件が不正確なら熱量の結果もずれます。
状態量の単位、測定場所、測定時刻をそろえて記録することが基本です。
比エンタルピー計算で起こりやすい注意点
続いては比エンタルピー計算で起こりやすい注意点を確認していきます。
顕熱と潜熱の取り違え
顕熱は温度変化として現れる熱です。
一方、潜熱は相変化に使われる熱であり、蒸発や凝縮の途中では温度変化として見えにくい特徴があります。
水を沸騰させる工程や、空気を除湿する工程では、潜熱の扱いが欠かせません。
温度差だけを用いた計算では、相変化に伴う大きな熱量を見落とす可能性があります。
蒸気と湿り空気では潜熱が熱収支の中心になるケースも少なくありません。
飽和状態の参照ミス
飽和水と飽和蒸気の物性値は、同じ圧力条件でも異なります。
水蒸気表を読むときにhfとhgを取り違えると、熱量は大幅にずれます。
湿り蒸気の計算では、飽和水の値に乾き度と潜熱を掛けた値を加える考え方が基本です。
また、圧力低下によって蒸気の一部が再蒸発するフラッシュ蒸気も、配管や回収設備の検討では重要になります。
圧力、温度、乾き度のどれが既知なのかを整理してから表を参照すると、選択ミスを減らせます。
実設備の損失を含める考え方
理論計算で求めた熱量は、対象流体に実際に与えた、または奪った熱量を示します。
しかしボイラー、熱交換器、空調機、配管には損失があります。
たとえば蒸気加熱設備では、放熱損失、ドレン排出、漏れ、制御のばらつきが熱効率に影響します。
冷凍機では圧縮機動力、送風機動力、ポンプ動力も含めて評価する必要があります。
比エンタルピー差で得た値を基準にしながら、設備全体の投入エネルギーと比較することで、運転改善のポイントが見えてくるでしょう。
比エンタルピー計算は、設備の能力を把握する出発点です。
省エネ効果やコストを評価する場合は、熱損失と補機電力も合わせて確認します。
比エンタルピー計算のまとめ
比エンタルピーは、空気、水、蒸気が持つ熱エネルギーを状態に応じて表す重要な物理量です。
熱量を求める基本は、質量または質量流量に、入口と出口の比エンタルピー差を掛けることです。
水では比熱と温度差による近似計算が役立ちます。
湿り空気では温度だけでなく絶対湿度を確認し、空気線図や湿り空気の計算式を用いる必要があります。
蒸気では飽和水、湿り蒸気、乾き飽和蒸気、過熱蒸気の状態を区別し、圧力と温度に対応した物性値を選ぶことが大切です。
正しい比エンタルピー計算は、正しい状態把握から始まります。
単位、圧力の種類、流量の基準、測定誤差を確認しながら、設備に合った計算方法を選びましょう。