電気双極子モーメントは、分子の極性や電場中での振る舞いを理解するうえで欠かせない物理量です。
化学では分子構造の説明に、電磁気学では電位や電場の計算に登場するため、意味だけでなく向きや式の扱いまで押さえることが大切になります。
この記事では、電気双極子モーメントの基本から単位、計算方法、電場と電位の関係、例題までを順番に解説します。
電気双極子モーメントの意味

それではまず電気双極子モーメントの意味について解説していきます。
正負の電荷がつくる偏り
電気双極子とは、同じ大きさで符号が反対の電荷が、わずかに離れて存在する状態のことです。
たとえば正電荷+qと負電荷-qが距離だけ離れているとき、この二つの電荷の組を電気双極子と呼びます。
全体の電荷はゼロであっても、空間的には正電荷側と負電荷側に偏りがあります。
この偏りの大きさと向きを表す量が、電気双極子モーメントです。
電荷が打ち消し合うから電気的な影響も完全になくなる、と考えるのは誤解です。
離れた場所では電場や電位が生じ、外部電場を加えると双極子は回転しようとします。
分子の性質、誘電体の分極、コンデンサー内部の現象などにつながる重要な考え方です。
ベクトル量としての性質
電気双極子モーメントは大きさだけでなく、向きを持つベクトル量です。
記号は通常、pまたは太字のpで表されます。
大きさは電荷の大きさqと、正電荷と負電荷の間の距離dの積で決まります。
電気双極子モーメントの大きさ
p = qd
qは片方の電荷の大きさ、dは正負の電荷間の距離です。
同じ電荷量でも距離が長いほど、電荷の偏りは大きくなります。
逆に距離が同じなら、電荷量が大きいほど双極子モーメントも大きくなります。
電荷の総和ではなく、電荷の大きさと配置を見る点がポイントです。
分子の極性との関係
水分子や塩化水素分子のように、分子内の電荷分布が偏っている分子は極性分子と呼ばれます。
共有結合で電子が一方の原子に引き寄せられると、原子には部分的な正電荷と負電荷が現れます。
この部分電荷の偏りを双極子モーメントで表すことができます。
ただし、極性のある結合を含む分子が必ず極性分子になるとは限りません。
二酸化炭素のように分子の形が対称なら、各結合の双極子モーメントがベクトルとして打ち消し合う場合があります。
分子の極性を判断するときは、結合ごとの偏りと、分子全体の立体構造を合わせて確認しましょう。
電気双極子モーメントは、電荷があるかどうかではなく、正負の電荷がどの程度ずれて配置されているかを示す量です。
電荷の合計がゼロでも、双極子モーメントはゼロとは限りません。
電気双極子モーメントの向き
続いては電気双極子モーメントの向きを確認していきます。
負電荷から正電荷への定義
物理学における電気双極子モーメントの向きは、負電荷から正電荷へ向かう向きです。
矢印を描くなら、-qの位置を始点にし、+qの位置を終点にします。
電場の向きは正電荷から負電荷へ向かうため、双極子モーメントと混同しないよう注意が必要です。
外部電場がない場合、双極子の向きは自由に定まります。
一方、外部電場を加えると、正負の電荷には反対向きの力が働きます。
二つの力は回転させる効果を生み、双極子モーメントは電場と同じ向きにそろおうとします。
化学で使われる矢印との違い
化学の構造式では、電気陰性度による結合の偏りを矢印で表すことがあります。
このときは、矢印の先を電子密度が高い負側に向け、反対側に十字印を置く表記が使われることがあります。
物理学の双極子モーメントベクトルとは向きが反対になるように見えるため、学習中に迷いやすい部分です。
物理の問題でpの向きを問われたら、負から正へと覚えると整理しやすいでしょう。
化学の結合極性の矢印は、電子の偏りを示す補助記号として扱うと混乱を減らせます。
| 対象 | 向きの考え方 | 目的 |
|---|---|---|
| 電気双極子モーメント | 負電荷から正電荷へ | ベクトルとして電場との関係を扱う |
| 電場 | 正電荷から負電荷へ | 正の試験電荷に働く力の向きを示す |
| 化学の極性矢印 | 負側の原子へ向ける表記が多い | 電子密度の偏りを示す |
外部電場中での回転
一様な電場の中に電気双極子を置くと、正電荷と負電荷には大きさが等しく向きが逆の力が加わります。
力の合計はゼロでも、作用する位置が異なるため回転の効果が残ります。
この回転させる効果をトルクと呼びます。
一様な電場中のトルクの大きさ
τ = pE sinθ
Eは電場の大きさ、θは双極子モーメントと電場のなす角です。
双極子モーメントが電場に平行ならsinθはゼロとなり、トルクは働きません。
垂直ならトルクは最大となります。
最も安定なのは、双極子モーメントが電場と同じ向きにそろう状態です。
単位と大きさの扱い
続いては電気双極子モーメントの単位と大きさを確認していきます。
SI単位のクーロンメートル
電気双極子モーメントのSI単位はクーロンメートルです。
電荷の単位がクーロン、距離の単位がメートルなので、式p=qdからC mとなります。
電磁気学の計算問題では、この単位を使うのが基本です。
たとえば1.0×10のマイナス19乗Cの電荷が、2.0×10のマイナス10乗mだけ離れている場合を考えます。
p = qd
p = 1.0×10のマイナス19乗 × 2.0×10のマイナス10乗
p = 2.0×10のマイナス29乗C m
原子や分子の世界では、非常に小さな値になることが一般的です。
デバイ単位の利用
分子の双極子モーメントを表す化学分野では、デバイという単位もよく使われます。
記号はDで表されます。
1Dはおよそ3.34×10のマイナス30乗C mに相当します。
水分子の双極子モーメントは約1.85Dとして知られ、分子が明確な極性を持つ例として取り上げられます。
単位を変換するときは、指数の計算ミスが起こりやすいところです。
問題文がDで与えられているか、C mで与えられているかを最初に確認しましょう。
大きさを比較する視点
双極子モーメントの値が大きいほど、単純には電荷の偏りが大きいと考えられます。
ただし、結合距離だけで決まるわけではありません。
電子の分布、原子間の電気陰性度の差、分子全体の形状などが関係します。
また、気体中で測定した値と、液体や溶液中で見かけ上得られる値が異なることもあります。
周囲の分子や電場による分極が影響するためです。
双極子モーメントは分子の性質を読む手がかりであり、単独の数値だけで全てを判断するものではありません。
計算問題ではC m、分子の比較ではDが使われやすい傾向があります。
単位系をそろえてから式に代入することが、正確な計算への近道です。
電気双極子モーメントの求め方
続いては電気双極子モーメントの求め方について解説していきます。
二つの点電荷から求める方法
最も基本的な問題では、+qと-qが距離dだけ離れている設定を用います。
この場合は大きさp=qdをそのまま使えます。
距離dは二つの電荷の間隔であり、片方の電荷から原点までの距離ではありません。
座標が与えられているなら、正電荷と負電荷の位置の差を求めます。
向きまで必要なときは、負電荷の座標から正電荷の座標へ向かう単位ベクトルを考えます。
大きさだけを聞かれている問題と、ベクトルとして答える問題を区別することが重要です。
複数の電荷から求める方法
電荷が三つ以上ある場合は、それぞれの電荷がつくる寄与をベクトルとして足し合わせます。
原点から各電荷までの位置ベクトルをrとすると、双極子モーメントは電荷qとrの積を全て加えた形で表されます。
全電荷がゼロの系では、原点の選び方を変えても双極子モーメントは変わりません。
これは双極子モーメントが電荷分布そのものの偏りを表せる理由の一つです。
一方、全電荷がゼロでない系では原点により値が変化するため、扱いに注意が必要になります。
高校から大学初年度の範囲では、対称性を利用して成分ごとに計算する問題が中心です。
分子の結合モーメントを合成する方法
分子では、結合ごとの双極子モーメントをベクトル合成して全体の双極子モーメントを考えます。
一直線上に並ぶ場合は、向きを決めて足し算や引き算を行います。
角度を持つ分子では、x方向とy方向などの成分に分けると扱いやすくなります。
水分子では二本のO H結合の双極子モーメントが完全には打ち消されず、酸素側と水素側で電荷の偏りが残ります。
二酸化炭素では二本のC O結合のモーメントが一直線上で逆向きとなり、全体としてゼロになります。
結合が極性を持つかではなく、合成後にベクトルが残るかが分子全体の極性を決めます。
電場と電位の関係
続いては電気双極子モーメントと電場、電位の関係を確認していきます。
遠方での電位
電気双極子から十分遠い場所では、正負二つの電荷がつくる電位を近似して扱えます。
点電荷一個の電位は距離に反比例しますが、双極子の電位は距離の二乗に反比例して小さくなります。
双極子モーメントの方向と観測点への方向のなす角をθとすると、遠方での電位はp cosθに比例します。
双極子軸の延長上では電位の大きさが比較的大きく、双極子に垂直な面では理想的な点双極子の電位はゼロになります。
これは正電荷と負電荷からの電位が等しい大きさで反対符号となるためです。
電場の減衰の特徴
双極子がつくる電場は、遠方では距離の三乗に反比例して弱くなります。
単独の点電荷がつくる電場は距離の二乗に反比例するため、双極子の影響はより急速に小さくなります。
全電荷がゼロであることが、この違いにつながっています。
遠くから見れば正負の電荷はほぼ重なって見え、わずかな偏りだけが残るためです。
電場の向きは観測する位置によって変化します。
図を描く際は、正電荷から出た電気力線が負電荷へ入る形を意識すると理解しやすいでしょう。
位置エネルギーと仕事
外部電場Eの中に双極子モーメントpを置いたとき、向きに応じて位置エネルギーが変わります。
双極子の位置エネルギー
U = -pE cosθ
θは電気双極子モーメントと外部電場のなす角です。
θがゼロ、つまり両者が同じ向きのとき、位置エネルギーは最も低くなります。
θが180度なら位置エネルギーは最も高くなります。
このため双極子は、エネルギーが低くなる向きへ回転しようとします。
トルクが双極子を動かし、位置エネルギーが安定な向きを決めると整理すると理解しやすくなります。
一様電場では双極子全体を移動させる合力はゼロでも、回転させるトルクは生じます。
電場が場所によって異なる不均一電場では、回転に加えて移動する力が働く場合もあります。
電気双極子モーメントの例題
続いては電気双極子モーメントの例題を通じて、式の使い方を確認していきます。
基本式を使う計算例
大きさ3.0×10のマイナス9乗Cの正負の電荷が、4.0×10のマイナス3乗m離れているとします。
このときの電気双極子モーメントの大きさを求めます。
p = qd
p = 3.0×10のマイナス9乗 × 4.0×10のマイナス3乗
p = 1.2×10のマイナス11乗C m
向きは、負電荷から正電荷へ向かう向きです。
数値の計算だけで終えず、問題で問われているならベクトルの向きも必ず添えましょう。
トルクを求める計算例
双極子モーメントの大きさが2.0×10のマイナス30乗C mで、電場の大きさが5.0×10の6乗N Cのマイナス1乗とします。
双極子モーメントと電場のなす角が90度のとき、トルクの大きさを求めます。
τ = pE sinθ
τ = 2.0×10のマイナス30乗 × 5.0×10の6乗 × 1
τ = 1.0×10のマイナス23乗N m
90度ではsin90度が1となるため、トルクは最大です。
角度が0度ならsin0度が0となり、トルクは生じません。
分子の極性を考える例
二酸化炭素はC O結合という極性結合を二本持ちます。
しかし分子はO C Oの直線形であり、二つの結合モーメントは同じ大きさで逆向きです。
そのため全体の電気双極子モーメントはゼロになります。
一方、水分子は折れ線形で、二本のO H結合モーメントの向きに角度があります。
完全には打ち消されないため、分子全体として双極子モーメントが残ります。
分子の形が変わるだけで、同じような結合でも極性の有無が変わる点は重要です。
| 分子 | 形 | 全体の双極子モーメント | 極性 |
|---|---|---|---|
| 二酸化炭素 | 直線形 | 結合モーメントが相殺される | なし |
| 水 | 折れ線形 | 結合モーメントが残る | あり |
| 塩化水素 | 二原子分子 | 一つの結合モーメントが残る | あり |
| メタン | 正四面体形 | 対称性により相殺される | なし |
電気双極子モーメントのまとめ
電気双極子モーメントは、正負の電荷の偏りを大きさと向きで示すベクトル量です。
大きさは基本的にp=qdで求められ、SI単位にはC mが用いられます。
向きは負電荷から正電荷へであり、電場の向きとは反対になる点を押さえましょう。
一様電場中では、双極子は電場と同じ向きにそろおうとしてトルクを受けます。
電位は遠方で距離の二乗に反比例し、電場は距離の三乗に反比例して小さくなります。
分子について考えるときは、結合の極性だけでなく、結合モーメントを合成した分子全体の形を見ることが重要です。
基本式、向き、ベクトル合成、電場中での回転をつなげて理解すれば、電気双極子モーメントに関する問題を整理しやすくなります。